河合師範御書講義②

指導とは決意させること

その「指導」とは何かというと、結局それは「御本尊」へ向かわせること、
その人の「一念」を「御本尊」へ向かわせること、簡単に言えば「発心」させること
「決意」させること。「指導」とは「決意」させること、「発心」させることと言っていい
んですね。
その上で、いろいろなことを「教えてあげる」あるいは「実践させる」あるいは
「守ってあげる」事は必要です。根本はあくまで「指導」なんです。「指導が」
下手をすると今、出来なくなってる。
色々なことを教えたり、動かすこと、守ってあげることは出来るかもしれないが、
根本の「指導」が出来ないと人は育たないんですね。だから下手をすると幹部が
「運営上手」の「指導べた」になってしまう。
組織とか会合の「運営」はうまくなったけれども「指導」が出来ない、「決意」させる事が
出来なくなっているんですね。これが一番恐いことだと思うんです。
その「指導」というのは、結局、「御本尊」を拝もうと「決意」させる事であり、
その、前提として、信心とは何なのか?、何の為に信心するのか?
また、どうゆう風に信心すればいいのかが必要なんです。この信心の基本というものを
「御書」から「学び」その原理を一人一人のなかに打ち込んで、訴えて「決意」させていく
ことですね。これが「指導」になるんです。相手が「決意」して「実践」すれば必ず「成長」
するし「後に結果が残る」これが「指導」「訓練」なんです。
その結果として成果が出るんです。大事なことは、信心を「指導」することなんです。
「指導」の原則というのがあるわけです。それは「御書」の中にあるし、
また代々の会長の指導の中に全部含まれている。そうゆうものを本当に自分の
ものにして、こんどは、それを「実感」をして訴えていかなければいけない。
「理論」として訴えてはいけない。
「頭で分かった」、「頭で分かった」ということと「出来る」ということは別問題です。
「やる」ということと「結果が出る」ということは別問題なんです。だから、
本当に「結果」の出たものだけがちゃんと「やった」ということになるのです。
結果のでない活動をしてもしょうがないんです。そうゆう面で、折伏にしても、
結集にしても、どう結果を出すかということが一番大事ですね。
では、どうすれば「結果」が出るのかということです。
頑張ろう、これだけやらなくちゃならないということは沢山あるけれども、
では、どうすればそれを実践して、そして「結果」を出せるかということが大事に
なってくるのですね。簡単に言うと「信心」しかないんですけれども、
では、その「信心」とは何か?ということなんです。
だから、「信心根本で頑張ろう」という話はみんなしますね。「信心根本とは何か?」
という話はあんまりしないんです。一応「拝んで」「動いている」事が信心根本だと思ってね、
その割に「結果」が出ないんです。そうゆうのを「信心ポンポン」というのです。
信心がすっ飛んじゃっている場合があるんです。そうゆう面で「信心の基本」をもう一回
我々が、確認をして「実感し」「実践をして」「実感しながら」訴えていくかということが
大事だと思うんです。
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by hakodate0711 | 2012-12-05 12:41 | 河合師範