徒然なるままに書いてます

by hakodate07

河合師範御書講義⑥

《本文》
法華経の文に難信難解と説き給うは是なり、

《講義》
ですから、信心をすると難が起こるというのも過去に謗法が
あるから、今、難にあっているんです。
だから、難にあうことによって過去の謗法の罪が軽く消えている
んです。戸田先生は「難を呼び起こす信心」といわれた。それは、
早く借金を返せるのだから、難を喜んで受けて借金を返して
しまえばいいんです。そのように難信難解と説かれるのはここ
にあるんです。

《本文》
この経をききうくる人は多し、
まことに聞き受くる如くに大難来れども
億持不亡の人は希なるなり、

《講義》
法華経を聞いて信心をする人は多い、だけど、<まことに聞き
受くる如くに>今度は、御書に出てくるように、信心をすれば
「三障四魔」「三類の強敵」が起こると経文に書いてある。
<聞き受くる如くに>言われた通りにということです。現実に
言われた通りに「難」が起きてくる、「宿命」が出てくると<億持不亡の
人は希である>ということなんです。池田先生はこう言われた。
「御書に書いてあるではないですか、難がある。三類の強敵が
出てくると書いてあるではないですか、御書に書いてあるのになんで
疑うんですか、御書に書いてある通りではないですか。日蓮大聖人が
おっしゃられたその通りだと思うことです」といわれました。だけど、
現実に自分の問題になってしまうと疑ってしまう。
だから「境涯」が開けないんですね。<聞き受くる如くに>いつも聞いて
いるように大難が出てくるよということです。それでも忘れずに持つ人は
希である。と、言うことです。

《本文》
受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり、

《講義》
<受くるは・やすく>御本尊を受持することはやさしい。生涯信心を
貫くことは難しい。
広布功労賞を受けられた指導部の方が見えました。年配の方なんです
けれど、御自身の病気のことで相談に見えました。「借金の残りがある
から取りに来たんですね。返してしまうしかないじゃないですか」と話を
しました。《南妙法蓮華経は獅子吼の如し、いかなる病障りをなすべきや
》という御書がありますね。と、話をするとこの方が「この御書はいつも
指導のときに使っていました」というんです。人には指導するのは
簡単だけど、自分の身になるとやはり惰性になっているんですね。
この御書の通りにならないということは、「《獅子吼》ではないんじゃない
ですか《豚吼》ぐらいじゃないんですか」といったんです。ブウブウいって
頑張っているんですからね。こんなにやっているのにってね。
結局惰性であり不信になってしまっているんですね。
だから、過去にどんなに頑張ったって、広布功労賞をもらったとしても、
過去の功績であり、今の信心ではない。今の信心が退転して不信だった
らば、結局、成仏は出来ない。だから、今こそ、今までも頑張ったのだから、
今ここでもう一回宿命転換していくんだ。と、こう決めることが大事だ。
という話をしました。その方が「確かに信心が惰性になってました。」と
いわれてました。それから、病気を治し元気になったそうです。だから
信心を貫くことは難しいんです。指導部の方が信心に行き詰まっている方が
時々あるんです。飛行機でも着陸が大事なんです。着陸寸前でおっこちて
はいけないんです。こうゆうのを片桐型信心って言うんです。着地に失敗して
はいけないんですね。着地しなくちゃだめなんです。着地するときに事故の
7割が起きるんですから。信心も同じなんです。最後に悔いがなかったと
いう人生じゃなくちゃいけない。
そうゆう面で、確かに《受くるはやすい》んですね。《持つはかたし》なんですね。
生涯貫くことは難しいんです。《さる間・成仏は持つにあり》持つって事ですね。
これをもっと身近な問題にすると《受くるはやすい》これは、決意するという
ことですね。決意することは簡単なんです。でも、決意を持続することは難しい。
たいてい、途中で、ごはさんで、になるでしょ。ですから、結局結果が出ないんです。
実証というのは決意の持続にあるんです。決意したことをやり通せば結果は
必ず出るんです。決意の持続が実証なんですね。実証が出ない、
結果が出ないということは、決意があいまいか、持続しなかったかどっちかなんです。
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by hakodate0711 | 2012-12-10 20:49 | 河合師範