河合師範御書講義⑩

一日の勝負は、朝

その日の勝負は、朝なんです。朝の決めて・祈ったかどうかで
決まるんです。だから、朝負けたら、一日負け。
夜、お題目をあげても、福運にはなるけど、その日の勝敗には
もうだめなんです。消化試合みたいなものなんです。
勝敗関係ないんです。それと、同じなんですね、ですから、
朝が勝負なんです。だから、文明堂の社長がこう言っているんですね。
「社会に、会社に3種類の人がいる、いなくては困る人・いてもいなくても
いい人・いなくてもいい人、と3種類あります。
どこで分けるかというと朝起きの仕方で分けるんです。朝、自分の意思で
ちゃんと起きて、早めに会社にくる人、この人はいなくてはならない人です。
次は、目覚し時計で起こされたり、家族に起こされて、しぶしぶ出てくる人、
これはいてもいなくてもいい人。
起こされても起きないで、起こすと起こした人と一緒に寝かしちゃうような人、
このような人は、いなくてもいい人です。」と、
おっしゃっているのです。社会で、何か大きなことをやる人は、
朝起きができなくちゃいけない。これは、世間の言葉です。
世間の言葉だけど、信心でも同じことですよ。
朝、お題目を上げられない人は、一日負けなんです。
一日負けということは、人生負けということです。
朝、その日、その日を決めて・祈って・動いて勝負なんです。
その積み重ねなんです。
だから、毎日、毎日の戦い、会合がある、折伏がある、指導がある、
本当にそう思ったら祈れるはずなんです。
祈らないでいくから結局から回りになってしまうんです。
空回りの連続だから、良くわからない、良くわからないから、
楽しくも何ともなくなってしまうんです。そして、愚痴と文句が出てくるんです。
ですから、朝の勝負なんです。この一日の積み重ねが、戦いなんです。
夜上げた題目は、福運にはなります。福運にはなって貯金にはなるけど
、その日の勝敗には関係なくなってしまうんです。
その次の日になってもかまわないけど、やっぱり、朝の戦いなんです。
そうゆう面で、決めることは簡単。決意することはやさしいんです。
でも、決意を持続することは難しいんです。
 <去る間成仏は持にあり>なんです。どう決意したとしても、貫けなければ、
結果は出ないんです。これが、信心で一番大事なコツといおうか原理ですね。
生涯においても同じことです。毎日、毎日、朝の決意を貫けるかどうか。
だから12月の座談会のときには1月の座談会で決意したことを体験発表
しますね。決意を紙に書いてとっておきますね。それを、12月の座談会で
各々が書いたことをどうなったか発表しますね。大抵の人はこう言うんです。
「あれ!こんな決意したかしら!!」という人が多いわけです。
決意を忘れてしまっているわけです。決意があいまいで・目標があいまいで・
実践があいまいで、結果があいまいになって当たり前なんです。
大抵の座談会は、反省コンクールになるんです。反省コンクールを
毎年やってもしょうがないんです。成長コンクール・幸せコンクールを
やらなくちゃしょうがないんですね。ですから、本質は、成果が上がったか
どうかではないんです。功徳を受けたかどうか、成長したかどうかなんです。
成長するためには、功徳を受けるためには、決めて・祈って・
動かなければ、だめなんです。
だから、自分の部の中の部員さんがどれだけ、自分の決意と、
目標を持って実践しているか、ということが、明確なそういう部は、
成長し、功徳を受けてしかも、成果が上がっているはずなんです。
これは間違いないんです。これは大Bだってそうですよ。
折伏を40世帯やっている大Bは、日本中にたくさんあるんですから。

成果が上がっている組織は3つ共通点があります。
一つは組織の目標じゃなくて、一人一人が決意、目標を明確に、持っていること。
二つ目は、お題目をみんなが唱えていること、お題目の渦が巻き起こっていること。
三番目は、幹部が率先して実践しているということです。題目もあげて折伏も
しているということです。そういう組織は必ず結果が出ています。
当たり前でしょ、それは、一人一人が、決意、目標を持って祈って頑張って
いるんだから。
結果が出て、功徳が出て、当たり前。しかも、幹部が率先してやっている
んですから、文句はないんです。その反対のところ。
個人の目標ではなくて、組織の目標ばっかり重くて、重荷になってて、
お題目があがんなくて、幹部が率先していないんですね。
そういう所は、できないように頑張っているって言うんですね。
できたら不思議でしょ。ですから、組織は、長なんです。
部は部長、大Bは大B長なんです。本部は本部長なんです。
一念が反映しているんです。信心が反映しているんです。
これは、絶対です。条件じゃないんです。最初は悪いところはいくら
でもあるでしょう。そこに、本当の祈りと・決意があり、自分自身が実感し
、訴えていくならば必ず良くなるはずです。そういう面で全部、決めて・
祈って・動いているかに尽きるんです。それ以外にないんです。信心とは、
決めて・祈ることです。簡単にはそれっきりです。あとは付け足し。
あとは、どうやってもかまわないんです。
何やってもいいんです。決めて、祈らないから、結果が出ないんです。
折伏でも、指導でも、全部同じことです。観念では祈っているかもしれ
ないけど、決めて祈っていない。本当に決意しなかったら、結果は出る
はずがないんですね。<持つ>とは、持続です。
ただ、持っているのではないんです。これは、持続です。成仏は、
発心の持続にあるんだ。と、いう事です。
[PR]
by hakodate0711 | 2012-12-15 14:08 | 河合師範