河合師範御書講義⑪

<此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり>

そうゆう面で、信心をするというのは、苦しみじゃないんですね。
苦労はあっても、苦しみじゃいけないんですね。苦しみじゃいけ
ないというと、語弊があるかもしれませんが、本当に自分のための
苦労であれば、苦しみじゃない。全部、自分のためです。
難があったって、問題が起きたって、全部自分のためです。
全部、成長できるチャンスであり、宿命転換のチャンスとなれば、
苦しみじゃない、苦労にはなるかもしれないけれど、全部プラスに
変えていけるのが、信心なんですね。だから、難があって当たり前、
苦労があって当たり前なんだ。戸田先生が良く言われたことは
「青年は自分から望んで苦労しなさい。苦労が財産になるんだ」と
いわれました。苦しみじゃない、苦労はすべきなんですね。
信心で苦労したものは、後に福運が残るんです。池田先生は
「広宣流布のための苦労は、命を軽くするんだ。世法の苦労は
命を重くしていくんだ」と、こうおっしゃった。
広宣流布のための苦労はうんとすべきなんです。それは、命を軽くして、
幸せにしていくんです。苦労はすべきなんです。
苦しむんじゃないんですね。受身で、重荷でいると、苦しんでしまうん
ですね。自分のためなら、苦労であっても、苦しみじゃないんです。
だから、<難に値うべしと心得て持つなり>なんです。難がある。
苦労があるのは当たり前。だから成長できるんじゃないか。
人間革命できるんじゃないか、と、こう受け止めていくのが、
信心なんですね。楽をしようと思ったら、信心なんかすること
ありません。
世法で楽をすれば、あとで苦しみが残るんです。信心で苦労すれば、
あとで、本当の喜びが残るんです。だから、信心で楽をしちゃいけない。
信心で楽をしたら、世法で苦労します。あとでそうなるんです。
だから、楽をしようと思わないことです。うんと苦労しよう、
信心根本で、うんと苦労して、福運を積もう、自分を磨こうと決める
ことです。そうすれば、あとに大きな財産が残るんです。
また、信心で頑張ったものは、必ずそれが、こんどは、仏法は体で
すから、、世間は影ですから、信心根本で頑張ったら必ずあとに
世法の上で結果が出るんです。そうでなければおかしいんですね。
だから、世の中が景気が悪い、不景気だからこそ、信心のしどころ
なんです。ところが、意外と、結果が出ない信心をしている場合が
多いんですね。信心は信心、活動は活動、仕事は仕事で、悩んで
いるんです。そういう場合が非常に多いんです。特に学会二世は、
体験がないもんだから、1回体験でのりきればいいんですけど、
夢中で活動しているんですけれどもってね、決意と祈りがあいまいで、
ろくに勤行もしないで、ただ活動だけ頑張っている。
重荷にはまっている場合が多いんです。本当に、決意して、祈って、
動いている場合には、みんなプラスに変わっていくんです。
ちょっとしたとこだけど、大事なところは外れてはいけないんです。
一人一人に、決意と、祈りのある信心をさせれば、みんなを成長させる
ことができるんです。これが、指導、訓練になるんです。力がついて
結果が残るんです。それが、大事だと思うんですね。どんな戦いも、
一人一人が自分の戦いとして、自分の信心で決意した時に、
苦労はあるとしても、あとに大きな喜びと福運が残るんです。
それが、大事なんですね。やんなきゃなんないからやろう、という、
いい方をしてはいけない。重荷になるから。
やらなくてはいけないんだから、自分で決意して、自分の戦いとして
頑張ろう。そうゆう風に決意したほうが、力が出るんですね。
ここが、大事なんですね。信心をしていれば、なんとかなるんじゃない
、自分で決めて・祈った分しか、結果は出ないんです。
そうゆうことですね。
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by hakodate0711 | 2012-12-15 14:09 | 河合師範