徒然なるままに書いてます

by hakodate07

河合師範御書講義⑫

<「則為疾得・無上仏道」は疑いなし>

人に言ったら愚痴に為る。御本尊にぶつければ、祈りになる

必ず、無上の仏道を得ることは間違いないんです。
難があるから無上仏道を得るんです。苦労があるから功徳があるん
です。
喜びがあるんです。ですから、どんなに頑張っても、愚痴をこぼしちゃ
いけないんです。四条金吾殿に与えられた御書の中に、
「たとえ、相手が妻子であっても、愚痴をこぼしちゃいけない」という
御書があるんです。相手が自分の妻や、子供であってもですよ。
愚痴をこぼしちゃいけないっていうんです。結局、愚痴というのは、
「自分は悪くないんだ。環境が悪いんだ」というのが愚痴でしょ。
自分の弱さの現れであり、「自分のせいじゃない、人のせいだ」って
言うのが愚痴なんです。今度それを相手にぶつけるのを、文句という
のです。だから、愚痴と文句は、双子の兄弟なんです。信心している人に
ぶつけると、怨嫉というのです。双子の兄弟の親分になるんです。
だから、愚痴と文句と怨嫉と付き合っているうちは、どんなに頑張っても
功徳はないんです。盛大に付き合っている場合が多いんですね。
どんなに頑張っても、マイナスになってしまうんです。
ですから、愚痴と文句を言わないことですね。人に言ったら愚痴に
なるんです。大変だ!御本尊にぶつければ、祈りになるんです。
百万遍愚痴を言ってもいいことはないんです、御本尊に言ったら開け
ちゃう。人に言わない!御本尊にぶつけることですね。愚痴と文句と
怨嫉をしないことが信心のコツなんです。功徳を受ける。

<天台大師の云く「信力の故に受け念力の故に持つ」>

だから、決意するのは「信力」、ようし、信心を奮い起こすんです。
今度は、持続は「念力」なんです。祈って、祈りを持続しなければだめ
なんですね。祈りがあれば結果が出るんです。

<また曰く「この経は持つ難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり」云々>

この法華経は持ち難いんだと、若し暫くも持つ者は我即ち、諸仏も歓喜
するんです。持つ事が大事ってことですね。持続が全てなんです。
どんなに立派な決意しても、持続しなかったら、決意しなかったと同じです。
この間来た男子部がいうんです。決意がすぐ変わるんですって。
変わる決意は決意じゃないんです。そうでしょ、行き先を変更ばかりしているん
ですから。大阪行こうかな、仙台行こうかな、新潟行こうかなって、行き先変更
ばかりしているんですから。着くわけないんですね。切符を買っても途中で降り
ちゃうんですから。キャンセル型信心っていうんですね。

<日にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり>

たきぎを放り込めば、火は盛んになる。大風吹けば求羅は倍増するなり、
求羅とはトカゲの一種、風が吹くと膨らむトカゲなんですね。これは伝説の
動物ですが、実際に、インドには、こうゆうトカゲがいるんですね。

<松は万年のよわひを持つ故に枝を・まげらる>

松は、枝振りが常緑種でしょ、ですから、枝を曲げて盆栽なんかにするん
ですね。長寿だからそうするんですね、草だったらそんなことしないんです
ね。長寿の木だから枝振りを変えられるんです。

<法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し>

法華経の行者は、大難を受けて成長していくんです。いろいろな戦いが
あり、広布のための苦労があるから、そこに成長があり、また、
人間革命ができるんだってことですね。

<法華経の行者は久遠長寿の如来なり>

一応は、日蓮大聖人様、久遠元初の自受用身ですから、我々も、
その眷属ですからね。

だから、<修行の枝をきられ・まげられん事疑いなかるべし>

未来、永劫の幸せのために、今、さまざまな修行の枝をまげられんだと
、だから、それに負けちゃいけないんだと。
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by hakodate0711 | 2012-12-21 21:25 | 河合師範