徒然なるままに書いてます

by hakodate07

K・Eさんの体験談①

K・Eさんの体験談

私の母は、小学校の時から信心しており、18歳のときに岐阜県の電気もない
山奥から名古屋に就職してきました。就職先の社長の息子が私の父です。

 恋が芽生え、二人は結婚したいと社長である、おじいちゃんに話すのですが、
大反対されました。「何万という女性の中から、なぜ目が不自由で
(母は小さい頃から目が不自由で、真っ黒い大きな眼鏡をかけていました)、
片親で、創価学会に入っていて、山奥から出てきた得体の知れない女性を
選ぶのか」と言われます。父はあきらめきれずに1年後もう一度頼んだところ、
社長は「結婚するなら次期社長としての仕事もなくなるし、財産も与えないし、
戸籍からもはずす。それでもいいか」と言われ、二人はなんと、駆け落ちをして
結婚してしまいました。

 つても縁もなく生活を始めたところが四畳半一間の部屋。こんな貧乏の
どん底で生まれたのが長女の私で、二人の弟も次々と生まれました。
二人は仕事もなく、饅頭を袋に詰める内職をして暮らしました。
どれくらい貧乏かといいますと、私が物心ついた頃は両親の愛も冷めかけ、
働けど働けど残るのは疲労感と空腹感だけで、5人で1合の御飯を食べ、
おかずは内職のお饅頭のはみ出したあんこでした。私が「あんこがおかず
なんてイヤだ。気持ち悪い」と言うと、母は「あんこと御飯だと思うから気持ち
悪いんだ。おはぎと思いなさい」と言って食べさせました。

 結婚するためだけで入信した父は次第に、御本尊様を見ると「この紙切れが
あるから家は不幸なんだ。だいたい、おまえと結婚したことが不幸の始まりだ」
と言い、母に殴る蹴るの暴力を振るい、御本尊様を何度も破ろうとしたり、
捨てようとしました。そのたびに母は、御本尊様を守ってきました。こんな中、
私たち姉弟3人は「こんな貧乏で、喧嘩の絶えない宗教は、絶対にしないで
おこうね」と誓い合っていました。 中学校の時も、社会は豊かなのに、
我が家は学校に持っていくお弁当がおにぎりだけでした。朝、母が1個握るのに
20分かけるのです。学校でいじめられないようにと、おにぎりに題目を送って
いたんです。本当にいじめられるどころか、にんじん、ごぼう、ピーマンなど、
残すと母親に叱られると言って、みんなが自分の嫌いな食べ物をくれるので、
それをおかずにして食べました。弟たちの教室にも行って分けてあげ、
みんなからは感謝され、おかげで私は健康で病気もしませんでした。

 
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by hakodate0711 | 2013-05-05 18:26 | 私が聞いた体験談