K・Eさんの体験談②

K・Eさんの体験談②

 父が家に帰らなくなり、借金取りがきたりして、母は一人で3人の子供たち
を守ってきました。私は、この御本尊様を捨ててしまえば幸福になれるのでは
ないかと、何度も母に言ったりしました。ある時、お菓子会社に7件の下請けが
だまされ、莫大な借金を背負いました。その内、5件が夜逃げをし、1件が
一家心中をし、残ったのが我が家でした。父は寝込んでしまいましたが、
母は明るく「お父さん、がんばろう。家には3人の宝がいるんだから」と言って、
昼は内職、夜は土方のような仕事に行くのです。ある日、夜中に、あんなに
元気な母が泣きながらお題目を唱えている姿を見た時、こんなちっぽけな
女性がこんなに強くなれるんだから、この紙(御本尊)には凄い力があるの
かなと、ちょっぴり子供心に思ったんです。

 高校3年の時に、家族を幸福にするのは私しかいないと一人発心し、
いい大学に入り、いい会社に入って、お金持ちと結婚するんだ、
と思いました。お題目をあげることを知らなかった私は、とにかく努力
だと決め、学校から帰ると8時間の勉強をし、先生も手作りの問題集で
応援してくれました。1年間本当によく勉強し、友達からも、先生からも、
絶対受かると言われた国立名古屋大学を受験することになったんです。

 ところが、受験の3日前に交通事故にあってしまい、病院のベッドで気が
ついた時には、昨日が受験日だったと聞かされました。
その時、私の夢がガタガタと崩れ落ちていきました。どん底に落ち込んで
いた時に、母が枕元にやってきて「これが宿命よ」と追い討ちをかけるよう
に言いました。
おまけに今度は父がニコニコしながら「なあなあK、おまえの左足はな、
あまり強く打ちすぎて砕けてしまった。放っておくと骨肉腫になるので、
3cmくらい骨を削った。おまえは身体障害者になったぞ。すごいんだぞ、
手帳がもらえて、電車もバスもただで乗れるぞ」と明るく言うのです。
こんな両親の元に生まれた私は、世界で一番不幸者だと思ってしまいました。

 しばらくして父が「そんなに勉強が好きなら2年間ぐらい、ゆっくり身体を
休めるために専門学校にでも行ったらどうだ。自分のお金でな」と言うんです。
自分のお金で行くことになった学校は、論文試験だけの誰も知らない
五流短大で、栄養士になれる学校でした。2年後、就職活動に入りました。
先生から「君は身体が不自由だが明るいので、同じ境遇の人を元気にして
あげられるから、福祉関係の仕事に就いたらどうだ。給料は半分ぐらいだが、
やりがいがあるぞ」と奨められたのですが、どうしても高校3年の時の夢が
あきらめきれず、先生の反対を押し切って、ある一流商社を訪問したんです。
ところが、そこは採用する大学は決まっていて、その他の学校からは400人中
3人ぐらいしか入れないと言われ、それにはコネがいるとのことでした。
なんと自分はちっぽけな人間なんだろうと悶々としながら帰る途中で、
またもや交通事故にあってしまいました。幸い、右膝の打撲で済んだのですが、
救急車の中で思いました。「これが母の言っていた宿命なのかな。
人生の大事な時に自分の身体を傷つけてしまう。そういう宿命だとしたら早く
消さなきゃ、就職も結婚もできなくなってしまう。ひょっとしたら題目を唱えると
消えるのかな……」

 そんな時、女子部の部長から「今度、名古屋で全国女子部幹部会があり、
秋谷会長と佐野女子部長が来るんですが、来ませんよね」と言うので、
私は「行きます」と言って、初めて学会の会合に参加したのです。
その時、女子部長が「皆さん、1000万遍のお題目をあげて宿命転換
していきましょう!」と明るく言ったんです。そうか、宿命転換の鍵は
1000万遍のお題目だと思い、どうやってあげるのかと女子部長に聞きました。

「そうね、1日2時間半から3時間くらいを、3年か4年あげると1000万遍
あがるらしいよ」「らしいって、あげたことないんですか」「あげたことがないから
すごいのよ」と言われました。不可能が可能になる御本尊とも言われたので
「本当ですか?」「本当よ」「今、就職した会社があるんです」「どこですか?」
「M商事です」「時々、かなわないこともあるわよ」「かなわないんですか」
「その人にとってよくないことはかなわないわよ」。その日から1日1万遍の
お題目を4年間1日も欠かさずにあげきったのです。

 
[PR]

by hakodate0711 | 2013-05-05 18:28 | 私が聞いた体験談