「怨嫉」と「嫌い」は違う

皆様、お疲れ様です。
秋ですね、季節に合わせて、こちらのブログも模様替えにしました。
しかし、台風の影響で玉ねぎ等の野菜が高くて卒倒しそうになりました・・・・
大阪では食い倒れる予定なのに・・・秋の味覚が・・・
その前に、台風で飛行機とか大丈夫かと多々心配事もあります・・・

さて、今日、皆様、お悩みの「怨嫉」についてです。
当ブログの検索ワードを確認していると「怨嫉」で悩まれてる方が
多いようなので、今日はこの話になりました。
「組織にどうしても好きになれない人がいる・・・」
「嫌いな人が、学会員だったんだけど、これは怨嫉になるのかな・・・」
「あの人は学会員だけど、どうしても生理的に受け付けない」等々
皆様あると思います。

ここで、まず「怨嫉」について復習・・・・
「怨嫉」とは、十四誹謗(松野殿御返事 御書1382ページ 
「教学の基礎」創価学会教学部編 324ページ)のうちの
正法信受している人を軽蔑する「軽善(きょうぜん)」、
正法信受している人を憎む「憎善(ぞうぜん)」、
正法信受している人を妬む「嫉善(しつぜん)」、
正法信受している人を恨む「恨善(こんぜん)」です。
日蓮大聖人は「松野殿御返事」のなかで、
「法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀(そし)りては罪を得る」
(松野殿御返事 御書1382頁)
と記されております。
怨嫉の「罰」は非常に厳しいです。

さて、池田先生のご指導を・・・・
「-しかし、互いに人間である。嫌いな幹部もいるかもしれない。
いやな人もいるかもしれない。それらを好きになれといっても、
無理な場合もあるだろう。嫌いでもいいと思う。
好き、嫌いと怨嫉とは違う。嫌いだから信心の話も聞かず、
信心のための一緒の行動もやらぬというのが怨嫉である」
(「指導の泉」95ページ 和泉覚著より )

会社でもそうですよね、「嫌い」だから一緒に仕事しない、
協力しない、妨害する、攻撃するなんて言語道断です。
会社が大恥をかきますし、信頼が失われます。
そんなことしてる社員は会社にいてもらっても大迷惑です。
「獅子身中(しししんちゅう)の虫」です。
「嫌いだな」と思っても、仕事は仕事ですからちゃんとしなければなりませんが
嫌いな人を無理に好きになる必要はないのです。
「会社」を「学会」、「仕事」を「信心」に置き換えれば、わかりやすいかと思います。
学会も世界に広まり、学会員の人も多くいますので、嫌いな人は絶対出てくると思います。
よく、「汚い生命が・・・」とか自己嫌悪される方もいると思いますが
人間それが普通で、嫌いな人がいないという人が奇特だと思いますので
自分を責めないでください。
「嫌い」なのではなく「自分とは相性があわない」と思えばいいのです。
世の中全部の人と相性が合う人はいませんから・・・

この先生の指導から、河合師範が
「人のことはほっとくか祈るか、どっちかしかない。
感情をぶつければ怨嫉になる。
御本尊に祈ってあげれば自分も相手も変わる。」
(詳細、当ブログ「人のことはほっとくか祈るか、どっちかしかない」参照)
と指導されたと思うのです。
先生や河合師範の指導を胸に刻み、信心は信心として
自分を追い詰めず楽しく信心していって
多くの福運を積めることを願っております。

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by hakodate0711 | 2016-09-11 19:40 | 怨嫉の話