「怨嫉」と「嫌い」は違う②

皆様、お疲れ様です。
またまた、間が開いてしまいましたが、生きてます!
梅田の地下迷宮を徘徊し、カップルだらけの観覧車にあきらめ
(おひとり様で、40分待ちはきついので)、松村さんライブ
行ったりの大阪強行突破ツアーを繰り広げたり、
函館開催のニコニコ町会議に参加したりしておりました。

さて、今日は、先日の池田先生のご指導において追記したい部分が
ございますので、まずは、指導の復習を・・・

「-しかし、互いに人間である。嫌いな幹部もいるかもしれない。
いやな人もいるかもしれない。それらを好きになれといっても、
無理な場合もあるだろう。嫌いでもいいと思う。
好き、嫌いと怨嫉とは違う。嫌いだから信心の話も聞かず、
信心のための一緒の行動もやらぬというのが怨嫉である」
(「指導の泉」95ページ 和泉覚著より )
※和泉副会長が池田先生の指導を引用してるため

これだけ多くの学会員がいれば、社会に出て学会員同士が商売敵と
いうのも当たり前の話です。
同じ町内で同じ商売を営んでいたり、同業他社に務めていたり、
プロスポーツの場合、学会員同士で対決したりしてます。
それらを避けていたら人間社会生活が成り立ちません。
また、公表してない有名人の方で学会員と言う方も結構います。
そのため、嫌いな有名人が実は、学会員と言うパターンも意外と
多いと思います。
しかし、これらは「怨嫉」となるでしょうか?
違いますね。
この先生の指導は、そういうことも言われている指導だと私は思います。

尚、学会員じゃないから「怨嫉」にはあたらないといって、
「嫌い」だからと言って攻撃していいかというのも、それもまた違うと思います。
そういう行為が「法を下げる」行為になりかねませんのでご注意頂けるよう
お願い致します。

前回の更新後に、以前、こちらでご紹介させて頂きました
過去に囚われる必要はない~ある創価大学教授のお話~
加藤九祚(かとう きゅうぞう)先生がお亡くなりなられました。
ご冥福お祈りいたします。

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by hakodate0711 | 2016-10-09 21:20 | 怨嫉の話