徒然なるままに書いてます

by hakodate07

2013年 02月 11日 ( 1 )

厚田

こんばんは、インフルエンザ等流行ってますが皆様、お元気でしょうか?
今日は、戸田城聖第2代会長の生誕の日です。

函館は、GLAYの大ヒット曲でお馴染みの「Winter,again」の世界です
リアルな「Winter,again」は綺麗ですが現実はなかなか・・・・・(大汗)
函館ですら、こんな感じですから、戸田先生縁の北の「厚田」は
冬はもっと厳しいです

そこで、今日は「随筆 新・人間革命 157 桜の城」から抜粋で厚田のお話を・・・・

この墓園が開園したのは、1977年(昭和五十二年)の
十月二日のことである。その時から、私は、この三世の生命の王宮を、
恩師がこよなく愛された桜の花で荘厳したいと念願してきた。

 妻と二人、“厚田と桜”アルバムを拝見しながら、私は、一人の懐かしき
“桜守”の方を思い出した。お名前を佐々木忠さんという。
彼が中心になって、ソメイヨシノを移植してくださったのである。
かつて、札幌以北では、山桜は咲いても、ソメイヨシノは育たないといわれていた。

 実際、今日でも、北海道の桜の名所の多くは、エゾヤマザクラが
中心である。夏が短く、長い冬に閉ざされる北の大地では、
桜の葉が生い茂る成長・栄養吸収の期間が、本州の桜に比べてわずか半分
しかないそうだ。そのために成長も不十分で、厳しい風雪や異常低温、また、
潮風等に耐えられないというのである。

 しかし、いかに厳しい土地であれ、桜の木は自らの命を燃やして、
爛漫と咲く日を願っているにちがいない。大事なのは、このあらゆる障害を
乗り越えて生きようとする、桜の生命力を引き出し、最高度に発揮させることだ。

佐々木さんは、わが子に対するかのように、一本一本の桜に「元気か」「頑張れ」と祈り
語りかけながら、丹精してこられた。まさに、学会伝統の個人指導と同じである。
その献身的な努力によって、不可能と思われた北限の地に、あの桜花の園林が
できあがったのである。「厳冬に負けず、不可能を可能としてみせた、その一本一本の
木の戦いに、深い感動を覚えるのです」――以前、佐々木さんが書かれた、
すばらしい言葉である。

「冬は必ず春となる」そのままの話ですね
厚田は、現在、北海道屈指の桜の名所です
私の学会員ではない友人は、厚田に花見に来て、「ここにお墓を買いたい」と
言っておりました。
まるで、桜が折伏してるようです。
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by hakodate0711 | 2013-02-11 22:29 | 池田先生