2013年 12月 12日 ( 1 )

人道と人権の獅子

皆様、こんばんは今日も一日本当にお疲れ様です。
そして、今日もちょっと日付をまたいでしまいました・・・・
皆様、師走だからと言って、大慌てしてませんか?
急がば回れですので落ち着いて無事故で行きましょう!

先日、御逝去されたネルソン・マンデラ南アフリカ元大統領について
調べておりましたら、数々のエピソードに改めて氏の偉大さを感じておりました。
若い青年部の方々は、「マンデラって誰?」「アパルトヘイトって何?」
「マンデラ氏は、なんでこんなに世界から注目されてるの?」と
思われてる方々も多いと思いますので
そこで、今日はちょっとネルソン・マンデラ氏とアパルトヘイト
について非常にざっくりですがまとめてみました・・・・

まずは、アパルトヘイトとは
かつて南アフリカ政府が推し進めた国家による人種差別政策。
少数の白人の利益を守るため政治や経済など、様々な分野で
白人以外の人種を徹底して差別しました。
白人だけの参政権、異なる人種同士での婚姻禁止
公共施設などの分離でバスや公園で隣に座ったりすることも禁止。
人口の大多数を占める黒人は「ホームランド」と名付けられた狭い地域に閉じ込められ、
移動の自由を制限等々の差別政策がありました。

ネルソン・マンデラ(1918年~2013年)
大学在学中から反アパルトヘイト運動に身を投じ、活動
1962年 逮捕、投獄
1964年 国家反逆罪で終身刑の判決を受ける。
1990年 27年間に及ぶ獄中生活(この間に最愛の息子、母を亡くし、自身も投獄中に
       結核を始めとする呼吸器疾患等を患うこととなります)から釈放
1991年 アフリカ民族会議(ANC)の議長に就任。
       当時の南アフリカ大統領のデクラーク氏と共にアパルトヘイト撤廃に尽力。
1993年 ノーベル平和賞を受賞。
1994年 南アフリカ初の全人種参加選挙を経て同国大統領に就任。
       民族和解・協調政策を進め、経済政策として復興開発計画(RDP)を実施
1999年 政治家を引退
       政治家引退後もアフリカの地位向上のために尽力。
       エイズや貧困に苦しむ人々への支援を国際社会に訴えるなど
       精力的な活動を続けていました。

池田先生の盟友であり、釈放直後1990年、1995年の2度会談されております。
先生自身も、マンデラ氏の逝去に
「心からご冥福をお祈り申し上げる。マンデラ先生は、
紛争や人種差別などによって不当に苦しめられてきた世界の人々の心に、
勇気と希望を灯してきた『人道と人権の獅子』だった。
あの春風のような笑顔に、もうお会いできないと思うと胸が痛んでならない」と
弔電を送っております。

ところで、「マンデラ」と検索すると続けて「松村」と出てきてしまうのですが、
「松村」は松村雄基さんではなく(ラグビーという共通点があるので
会ったらある意味盛り上がりそうですが(汗))松村北斗さんでもなく、クリス松村さん
でもなく「松村邦洋」さんのことです。
これは、マンデラ氏が大統領時代、あのバラエティー番組「進め!電波少年」
で松村邦洋さんから「イヨ!大統領!憎いねコノー!」と声をかけられる
というアポなしのロケを受けた時に周りの銃を構えようとするSPを抑え、
遥々日本から来た松村邦洋さんを暖かく迎え握手したエピソードがあるからです。
このエピソードをとってみても氏の温かい人柄が偲ばれます。

池田先生とマンデラ氏のエピソードは、また後日・・・・
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by hakodate0711 | 2013-12-12 00:39 | 日常