徒然なるままに書いてます

by hakodate07

2014年 02月 23日 ( 1 )

皆様、こんばんは
頭がまとまっていない中の更新ですが
「なぜ、日顕宗(極悪)撲滅しなければならないのか?」の続きです
これは、当ブログの最大のテーマでもありますので、このブログが続く限り
まだまだ続いていく予定です

また、「戸田先生は、牧口先生を誹謗(ひぼう)し、苦しめ、
切り捨てた宗門の大悪を絶対に許されなった。
私も戸田先生を苦しめた『悪人ども』を許さない。
我が同志をいじめ、苦しめた極悪の日顕一派を、絶対に許すことはできない。
永久に戦っていく決心である。これが、戸田先生、牧口先生に対する、
両先生の指導通りの『報恩の道』だからである」(93・11・18)と話しています。
 日顕一派の極悪人を絶対に許さず、責め続けることが、池田先生を切り、創価学会員を
切り捨てて、広布を妨げた「大悪」を破る「正義の戦い」「広布の戦い」なのです。
 さら、日顕にたぶらかされ、「師檀(しだん)とともに無間地獄(むげんじごく)」
への道をたどっている法華講員を救って、正しい信仰に目覚めさせることこそ、
大慈悲の行為であり、悪を責める真の「折伏」となり、日顕宗を滅ぼす因となるのです。

(暗黒の富士宗門史 日顕宗の淵源を切る  河合 一より) 

私これを読み、この御書の一節を思い出しました

 若し 善比丘あって法を壊ぶるものを見て置いて呵 責 し
(も) (ぜんびく)                    (かしゃく)
 駈 遣し 挙処せずんば当にしるべし是の人は仏法の中の怨なり、 
(くけん) (こしょ)    (まさ)                 (あだ)
若し 能く 駈遣 し 呵責し  挙 処せば是れが我が弟子・真の声聞 なり
   (よ)(くけん) (かしゃく) (こしょ)               (しょうもん)

  立 正 安 国 論  26ページ
(りっしょうあんこくろん)

通解及び解説
呵責(かしゃく)=相手の責めるということ。
駈遣(くけん)=悪人を追放
挙処(こしょ)=罪をあげて糾明

「もし、仏法の修行者がいて、仏法を破る者を見て、それを放置して相手の非を
責めることも、、追放することも、罪をあげて糾明することもしなければ、まさに
この人は仏法の中の怨(あだ)である」とのことです。
これは涅槃経(ねはんきょう)の一節で、引用して日蓮大聖人様が説かれた箇所です。
まとめてしまうと「仏敵を責めれなければ、仏法の中の怨(あだ)、
仏敵を責めいてこその真の弟子」ということでしょう・・・・
仏敵を責めなければ、自分自身が仏法の中のマイナスの存在・・・・
そうすれば、どんなに頑張っても功徳は得られないとうこと
皆様、仏敵を責めて真の弟子になって、皆で幸せになっていく道を
選びましょう!
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by hakodate0711 | 2014-02-23 21:06 | 日顕宗(悪)僕滅