2014年 03月 16日 ( 1 )

再び会える②

皆様、こんばんは
忙しい時期だと思います、色々お疲れ様です。
私も完全に忙殺されております・・・・・
うっかり、車を運転中に路面電車(函館の重要交通、大体5分くらい間隔で走っている)
の傍に寄り過ぎて鳴らされたりする日常です・・・・

今日は、3.16、「広宣流布記念の日」ですね
おめでとうございます!

さて今日は、先日の続きを・・・・・
様々な御文を紐解いていた時にSOKA YOUTH(学会の青年部サイト)の
「亡き人々と共に生きる復興」というページにあたりましてそこで
この御文に出会いました。

大地はささば・はづるとも・日  月 は地に 堕ち 給うとも・                                        (外)   (にちげつ) (ち) (お)(たま)  
しをはみ ち ひ ぬ世はありとも・花はなつにならずとも・
(潮)(満)  (干)             (夏)
南無妙法蓮華経と申す女人の・をもう子に・あわずという事はなし
                   (思)

  上野尼御前御返事    1576ページ
(うえのあまごぜんへんじ)

通解
大地を的とした矢が外れたとしても、太陽や月が地に堕ちることがあったとしても、
潮の満ち引きがなくなる時代があっても、花は夏に実にならなくても
「南無妙法蓮華経」と唱える女性が愛おしいと思う子に会えないはずはない

背景
上野尼御前(南条時光の母)は
子(南条時光の弟の七郎五郎、上野尼御前の末の子供 当時16歳)を突然亡くし
悲嘆に暮れておりました。その後、日蓮大聖人が何度も何度も激励の手紙を送りました。
その激励のお手紙の中の一節です。

上記の御書他にも、調べてみると
「此の教を持つ人人は~同じところに生まれさせ給うべし」(上野殿御返事1508ページ)
「非母我が子を恋しく~一所に生れんと願はせ給へ」(上野殿母御前御返事1570ページ)
という御書ができてきます。
そこから、先日の指導
「私たちは妙法家族です。生も死も超えて、妙法と言う『生命の無線(むせん)』
で結ばれている。唱えた題目は必ず相手に通じるし、
自分が願えば、再び家族になったり、友人になったりして、身近なところに生まれてくる」
(御書をひもとく 要文123選 創価学会男子部教学室編 121ページより)
(再び会える① 3月12日参照)に出会ったわけです。

そこで、ちょっとした私の体験を・・・・
ウン年前、私の親友A(看護士 信心はしてない)がいる病院(結構大きい)の病棟に
私の祖父が入院しました。
祖父は高齢なこともあり、病も芳しくもなく、あまり長くないと言われておりました。
Aが朝一番の巡回の時に、祖父に声をかけたところ、全く反応がなく
息を引き取ったのをを確認したのです。
運命の奇妙さを感じました・・・・・
それから、数年後、親友Aと親友B私でで食事をしていた時、
「こんなことがあったよね、不思議だよね」と話をしたところ
B(その当時入信したばかりで、教学の知識は全くない)から
「アンタたち前世姉妹だったんじゃないの・・・」と言われました。
この御文に触れていると、Aもさることながら、Bも前世姉妹だったような気がします。
今、縁している人は、前世からの少なからず縁していた人なのでしょう。
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by hakodate0711 | 2014-03-16 22:01 | 日常