皆様、こんばんは
東京の方は、桜が春の嵐を乗り越え満開となり、見頃を迎えているようです。
函館も、すっかり雪が融け、温かくなってきているものの
桜の開花は5月2日、満開は5月5日とまだ1か月も先のようです。
私は桜を待ちながら、大人しくふきのとうを摘んできます。

先程、母に「今日は、何の日かわかる?」と投げかけてみると
「牧口先生のご命日」と自信満々に答えました(汗)
今日は「戸田先生のご命日」です(大汗)、間違ってはいけません!
先日の聖教新聞(3月31日付)の紙上座談会の「世界広布新時代の旭日(34) 
後継の弟子が報恩、勝利を誓う」に
「宗門に巣くう邪悪とは、断固、戦え。一歩も退いてはならんぞ。
追撃の手をゆるめるな!」
という戸田先生の最後の指導であり、遺言が出てきます。

今日の記事は、日顕宗(悪)撲滅についてです。
「また~」と思う人もいるかもしれませんが、信心する上で最も重要なことです。

信心ふかきものも 法華経の かたきをばせめず、いかなる大 善 を
   (深)     (ほけきょう)(敵)    (責)       (だいぜん)
つくり法華経を 千万部    読み 書 写し  一 念 三 千の  観 道を
         (せんまんぶ)(よ)(しょしゃ) (いちねんさんぜん)(かんどう)
 得たる 人なりとも法華経の 敵 をだにも・せめざれば 得 道ありがたし
(え)  (ひと)        (かたき)     (責)    (とくどう)   

(南条兵衛七郎殿御書  1494ページ)
(なんじょうひょうえしちろうどのごしょ)

(通解)
どんなに大善をつくり、法華経を千万部読み、書写し、一念三千の観心の道を
得た人であっても法華経の敵を責めなければ成仏はできない。

もっと砕けた言い方をするといくら良いことをしても、仏法を深く理解していても、
法華経の敵と戦わなければ、すべてが無意味、成仏できないということです。

上記は、「なぜ、日顕宗(極悪)撲滅しなければならないのか? プロローグ」
(当ブログ2013年12月18日参照)
において紹介させて頂きました御書の一節と通解と私の見解です。
再度、紹介させて頂きます。

悪と戦わなければ、どんなに折伏しても、新聞啓蒙しても、
お題目あげても、教学の力をつけても、人に尽くしても何をしても
上記の御書から解釈するとすべてゼロになってしまうわけです。
ましてや日顕や悪に対して「攻撃できない」「可哀そう」「やりすぎじゃないか」と
思うことは「魔」に負けているということです。
しかも、魔に負けると、退転への道を歩むこととなります。非常に恐ろしいことです。
なぜ退転するかは、また後日に!
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by hakodate0711 | 2014-04-02 22:15 | 日顕宗(悪)僕滅