徒然なるままに書いてます

by hakodate07

2015年 02月 18日 ( 1 )

皆様、お疲れ様です。
私、繁忙期でヘロヘロしておりました。
今日、会社で外出先をホワイトボードに書く時「ネバーランド」って
書きました(汗)
すぐに消しましたが、書いててビックリしました(大汗)
物凄い現実逃避です・・・
ネバーランドに行きたいとかでなく来月、見に行く舞台でして(大汗)
あと、明治座も行く予定です・・・・
今は、これらを心の支えにしております。

さて、一昨日車を運転中に
「私、信心してなかったら、どんな人生を送ってるんだろう?」と
いう疑問が湧きました。
その後、お題目をあげていた時「どう考えてみても、今の職場も、
家庭環境も、辿ってきた進路、出会い等も得られていない」と
考えておりました。
深く考えていった時に、母は福運で父(当時は未入信)と出会い
結婚したようなものなので、二人が巡り逢ってくれるのかと
いう疑問も湧くのです・・・・
最終的に「信心なしで私は存在しない」という結論に至り
「信心のおかげでこうしているんだな」と思いました。
これから、もっと報恩感謝の祈りを強めて行きます。

ブログを読まれてる皆様、経験あるかもしれませんが
私自身、信心して仏法対話等している中で、人から嫌がられたり、
人が去っていった経験あります。
しかし、これらの人達は私が信心してなくても別の問題が起きて
あっさり去っていくのだなと思っております。
冷たい言い方にはなりますが、
「信心で、これからの自分の人生、必要か否かをふるいにかけたんだな」と
思っております。
「信心のせいで」起こる問題なんてありません。
そういう問題は、信心や学会のことが無くても別のことが原因で
その人の人生に起こった問題でしょう。
例え「信心のせいで」起こる問題が起こったとしても境涯革命五原則の
「二、世法で苦労すれば苦しみが残る・信心で苦労すれば喜びと福運が残る。」
になるので必ずもっといい結果が生まれるためなのです。
先日の「悪口をいわれるたびに、罪が消えて功徳が増す  戸田先生の質問会より」
にも言えることです。
「信心のおかげ」はあっても「信心のせい」なんていうことはないのです。






[PR]
by hakodate0711 | 2015-02-18 22:10 | 私の体験談