北の桜守の折伏

皆様、お疲れ様です。
函館は、クロッカスが咲き始め、つくしがちょこちょこ顔を出して
おりますが、桜は、4月29日開花、5月上旬~中旬満開との予想が
出ておりまだお預けとなっております。
しかし、私、今週末上京するので、少しはお花見できたらと期待して
おります。

さて、今日は厚田の桜守の佐々木忠さんのお話を・・・
以前、佐々木忠さんのお話は「厚田」のところで書きましたが
最近、非常に感銘を受けたことがありましたので、
そのお話となります。

先日、某銀行で順番を待っている時に、待合のソファに置いてありました
北海道情報誌「HO〔ほ〕」(2017年325日発売 Vol.114)
を読んでおりました・・・
「HO〔ほ〕」には「あのランチを目指して 桜ドライブ」というで
厚田の桜、戸田記念墓地公園が紹介されておりました。
しかし、戸田記念墓地公園だけではなく、北限を超えた桜を咲かせた
桜守として佐々木忠さんについて2ページの記事が組まれ
戸田先生、池田先生のお話、お写真が掲載されており、驚愕しました。

佐々木さんは、桜を守り、咲かせてくれることによって
桜を見る人々を折伏していました。
現に、私の学会員ではない友人は戸田記念墓地公園に花見に来て
「ここにお墓買いたい」と言っておりました。
また、それだけでなく、今回こうして、また学会を知らない人々に
学会、戸田先生、池田先生を教えたのです。
感動のあまり涙が溢れました・・・
しかし、残念な私は、感動の涙だけでな鼻水まで流してしまい、
拭こうとした瞬間順番が呼ばれ、窓口の人を唖然とさせてしまいました・・・
窓口の方すいません・・・・感動は抑えきれませんでした・・・

戸田記念墓地公園を紹介し、丁寧に佐々木さんの事を記事にし
戸田先生、池田先生を掲載してくれた「HO〔ほ〕」の編集の方に
多大に感謝するところです。
さて「HO〔ほ〕」ですが、北海道の方には有名な雑誌ですが
北海道以外の方は、北海道情報誌「HO〔ほ〕」オフィシャルサイト
お問い合わせ頂ければと入手可能だと思いますので、気になる方はどうぞ!

北海道情報誌 HO [ほ] オフィシャルサイト
関連記事
「厚田」




[PR]
by hakodate0711 | 2017-04-10 21:44 | 私が聞いた体験談

皆様、お疲れ様です。
今日の函館は、雪がちらついております。
さて、11月17日の聖教新聞に知人夫妻の体験談が掲載されておりました!
読まれた方もいらっしゃると思いますが、
〈信仰体験 さわやか寸景〉 難病と闘い、息子を授かる です。
こちらの体験は、会合で発表され聞いたことがあるのですが、
ここで紹介されているのは、ほんの一部で
体験談として聞いたものは、もっとすごいものでした・・・

私がここに書ける学んだ事や経験は、ほんの1割です。
あとの9割は、どうしても自他のプライバシー等の問題が発生
するので書けないところです。
この知人夫妻の体験も、その9割の中のひとつでしたが、
今回、聖教新聞やSEIKYO onlineに掲載されましたので、
是非、皆様に読んで頂きたいと思いますので宜しくお願い致します。



[PR]
by hakodate0711 | 2016-11-17 20:40 | 私が聞いた体験談

人材育成の一環

皆様、お疲れ様です。
思ってない事態に見舞われてんてこ舞いになってる方も
おられると思います。
しかし、思わぬてんてこ舞いも糧になります、そしてネタにも・・・・
私のこのブログの半分もその「てんてこ舞い」によって
できております(バフ○リン?みたい・・・・)

さて、受験シーズンですね・・・本当に大きな試練です・・・
私の知っている方でご本尊様に「ご本尊様、私は、こういう分野が苦手ですが
これなら解けます、この問題を出してください」と言う風に祈り
この問題が出ますようにと祈って、その問題がドストライクにでて
めでたく大学合格した人がおります。
(どんな問題だったのか詳細を書きたいところですが、書けば、
「あぁ、あの人だ」と一発でわかってしまう人もいる可能性が
あるのでぼかしております。
もし「あの人?」と聞いてみたい方は非公開コメントにてお願いします。)

念のために申し上げますが、この方は努力に努力を重ねられ、
受験までたどり着いた方ですので勉強せずに祈りだけで
受かったわけではございません・・・
受験生の皆様「勉強」という努力が最最最最重要です!
わかてっていても一人で夜、勉強してると本当に辛くて辛くて
どうしようもない気持ちになります。
「受験勉強」は孤独な自分との戦いです。
しかし、その勉強の合間に少しでもお題目をあげてみてください。
大きな力になりますから!
お身内、関係者の方は勿論、周囲の方々は、受験生の方に対して
最適な環境の提供と最大限の配慮そして力強いお題目を送って
あげてくださるようお願い致します。
これも、人材育成の一環です。






[PR]
by hakodate0711 | 2015-02-01 19:48 | 私が聞いた体験談

皆様、こんばんは
本日、K・Eさんと同じ組織だったというhiroさんのコメントにて
K・Eさんは、現在、御主人の海外赴任に伴って海外でSGIメンバーとして
頑張っているという非常に貴重な情報を頂きました。
あまりにも、貴重な情報だったので、こちらでのご紹介及び
今日の会合で再びK・Eさんの体験談を学び直し、この話を致しました。
本当に情報ありがとうございます!改めてお礼を申し上げます。

海外と言えば、私のお気に入り番組である
「世界の村で発見!こんなところに日本人」のホームページを眺めていたところ
来週(4月25日)の放送にて「ウルグアイ」に住む89歳の方を取り上げるそうです。
その方は、奥さんと死別、会社の倒産、癌にも屈せず、50歳を超えてから
海を渡り、不毛の地でとんでもない国家事業を成し遂げたとのこと・・・・
以前、こちらのブログでも紹介しましたが(2014年2月21日 「世界に目を向けてみる」参照)
軍事政権下の30年前のウルグアイは軍事政権の末期で会合を開くには
警察への届け出が必要で、監視が来ることもある状態でした。
逆算していくとこの方が、ウルグアイに渡った時は、そんな軍事政権下の頃だと思われます。
この番組で取り上げられる日本人の方は、本当に波乱万丈な人生を送っております。
しかし、これは他人事ではありません。

数年前、「○○(管理人)ちゃんが、どんな宿業持ってるかは僕にはわからない」と
幹部指導を受けました。
これは、私だけでなく、すべての人に当てはまる言葉だと思います。
誰も、自分がどんな宿業を持っているかわかりません、そして他の誰もわかりませんから・・・
しかし、私たちは嘆く必要はありません、仏法で宿業を使命に変えていけば
いいのですから!
[PR]
by hakodate0711 | 2014-04-19 23:23 | 私が聞いた体験談

K・Eさんの体験談③

K・Eさんの体験談③

 100万遍くらいあげた時、あるホテルの食堂でアルバイトをしていた頃です。
毎週土曜日になると恰幅のいいおじさんが私を指名してカレーライスを
注文してくれました。そのお客さんが、なんと東京のM商事の鉄鋼部の部長
だったのです。2年間、私を指名して応援してくれていて、私が「M商事に
入社したいから、ここに就職しないでアルバイトでいるんです」と言うと、
翌週、一緒に会社に行き、紹介状を書いてくれ、入社試験が受けられること
になったんです。

 試験前日のこと、いつもは無口な弟が名古屋オリンピックが、どうして駄目
になったかを1時間半話してくれました。私は「わかった。
お姉ちゃんはあと1時間題目をあげなきゃならないからね」と切り上げたの
ですが、翌日の論文試験のテーマがなんと「名古屋オリンピック」だったんです。
この時ばかりは鳥肌が立ち、御本尊様、なんてことをしてくれるんですか、
と思いました。前日、聞いたばかりの話を原稿用紙10枚に完璧に書き上げ、
見事3人の中に入りました。二人は直ぐに決まり、あと一人を決める時、
身体障害者である私を、税金が安くなるからと採用してくれました。

 就職してから私の人生は180度変わりました。洋服を買っても買っても、
御飯を食べても食べても、家族にお金をあげてもあげても、
お金が余ってしまうのです。お金ってあることころにはあったんだなあと思いました。

 半年後、社内で2000人を対象に、7人が海外研修に行ける試験がありました。
下手だったワープロも、試験当日は手が勝手に動いてしまう感じで、
誤字脱字のない早打ちで一番を取ってしまいました。面接の日、
普段あまり読まない新聞に目を通していくと、試験管から「杉について
知っていることを言いなさい」と言われ、朝、新聞で読んだばかりのことを話しました。
またもや、7人の一人に選ばれ、そのことでお給料が倍になってしまいました。

 海外研修に行ったあとの6人は30代後半から40代の人で、1ヶ月の世界一周
の研修の半ばで、疲労からみんな倒れてしまい、元気なのは私一人で、レポート
を書いてあげたり、一生懸命尽くしました。「なぜ、あなたはそんなに元気なの?」
と聞かれ、「元気の素はこれです」とお経本を見せました。そして、全員で勤行をし
、元気に帰ってくると、6人とも御本尊様を頂くことになったんです。その内の4人は
既に結婚し、幸福になっています。折伏って、信心の年数や教学力じゃなく、
元気が一番なんだと思いました。お題目をあげると、人生がこんなに面白いように
変わるんだと楽しくなり、早く1000万遍あげようと思いました。



                    
[PR]
by hakodate0711 | 2013-05-05 18:30 | 私が聞いた体験談

K・Eさんの体験談④

K・Eさんの体験談④

1000万遍あげてどうなったか、聞きたいですよね?

その結果、一家5人が父の背中を見ながら、朝6時半に勤行をするようになりました。

 まず、父は、親友の息子さんの足が骨肉腫にかかり、切断することになったので、
その親友から朝晩1遍の題目でいいから息子の左足に題目を送ってくれと言われました。
翌朝、南無妙法蓮華経とたった1回唱えたら、突然、バケツ一杯の血を吐き、
医者からは喉頭癌と診断され、放っておいたらあと半年の命だったことがわかりました。
母は「お父さん、あと半年だって。散々、私をいじめ、池田先生の悪口を言ってきたから、
しようがないよね。手術して声が出なくなっても、題目をあげようね」と言いました。
それから2年間、父は死ぬような苦しみを乗り越え、病院のベッドの上で毎日、
10時間の題目をあげて完治しました。

 下の弟は中学を出ると、板前の修業に行くと言って、独立しました。
下宿先の大家さんが学会員で、ある時、家賃が払えなくなり、それなら
身体で返してもらおうかと言われ、御本尊様を頂きました。上の弟は大学で、
自分がこんな人になりたいと尊敬していた先輩が、学生部の部長で、
信心することができました。

 私もその頃は女子部の本部長になっていました。ある年、毎年の身体障害者
の申請のために足を調べてみると、骨が伸びて両足が同じ長さになっていて、
障害者手帳は出せないということになり、私は普通の人になりました。
以来、電車もバスもお金を払って乗っています。

 その間、父が考案したコーンの上にマシュマロをのせたお菓子が当たり、
特許をもらい、お菓子会社から300坪の土地に200坪の工場と100坪の家を
建ててもらい、長屋から引っ越して、気がついたら家族5人が使っても使っても
なくならいという経済革命ができました。20項目ぐらいあげた願いが全部
かなっていました。あと1000万遍あげて、目標だった結婚をしようと思いました。

 結婚した相手は、同じM商事の人で、ちょっと変わった人でした。
ある日、創価学会について知りたいと言ってきたので、池田先生とトインビー博士の
対談集を見せたら、感動して眠れなかったと言い、小説『人間革命』を読むと、
「お花もお茶もいい師匠につけば上達する。人生においてもこんなすごい師匠に
つけば間違いないですね」と言って、「僕も創価学会に入りたいです」と言うので、
朝晩勤行をして毎日10000遍のお題目をあげて、新聞啓蒙するのよと教えたところ、
結婚するまでずっと続け、結婚してからも8年間、二人で題目をあげ続けています。

 二人目の女の子が生まれた時、おへその取れ方が悪く、腸がおへそに入り込み、
膨れ上がってしまいました。今は手術ができないので様子を見ようということに
なりました。3日目におへそがカチカチになり、血液が逆流し、顔が真っ青になって
しまいました。千代の富士の子供と同じ突然死だと言われましたが、
心臓がまだ動いていたので、身体を柔らかくする注射を打ち、手術をすることに
なりました。手術までの3日間、主人と二人で10時間の唱題をしました。
人生の中で、どんなに自分の力を振り絞っても、どんなにお金を積んでも
かなわないことがあるんだ、もう題目しかない、これ以上この子のためにして
あげられることはない、というくらい題目をあげました。

 手術当日、最後の面会に行き、子供の身体をさすりながら
「絶対、生きて帰ってきて」とお題目をあげると、出ていたおへそが引っ込ん
でしまい、手術ができなくなりました。それから3日間、72時間題目をあげ続け、
身体をさすり続けました。3日目に身体がふわっと柔らかくなり、ピンク色に
なりました。そして、お腹が空いたように泣き声をあげたのです。
その後、2年間通院するように言われ、2歳の時に医者から「研究費です」と
50万円を出されました。今までだったら、お金に執着していたと思うのですが、
その時ばかりは50万円がただの紙切れに見えました。お金はいらない、
生命より尊いものはない、と思いました。

 学会活動とお題目が、いざという時に救ってくれるんだ、私たちは毎日、
その因を積んでいるんだ、本当にありがたいなと思い、21世紀まで目標を決め、
主人と二人で毎日、題目をあげています。題目のすごさは語り尽くせませんけれど、
一人でも多くの人に語っていきたいと思います。学会員でよかったなあと感謝する
毎日です。


                    

[PR]
by hakodate0711 | 2013-05-05 18:30 | 私が聞いた体験談

K・Eさんの体験談②

K・Eさんの体験談②

 父が家に帰らなくなり、借金取りがきたりして、母は一人で3人の子供たち
を守ってきました。私は、この御本尊様を捨ててしまえば幸福になれるのでは
ないかと、何度も母に言ったりしました。ある時、お菓子会社に7件の下請けが
だまされ、莫大な借金を背負いました。その内、5件が夜逃げをし、1件が
一家心中をし、残ったのが我が家でした。父は寝込んでしまいましたが、
母は明るく「お父さん、がんばろう。家には3人の宝がいるんだから」と言って、
昼は内職、夜は土方のような仕事に行くのです。ある日、夜中に、あんなに
元気な母が泣きながらお題目を唱えている姿を見た時、こんなちっぽけな
女性がこんなに強くなれるんだから、この紙(御本尊)には凄い力があるの
かなと、ちょっぴり子供心に思ったんです。

 高校3年の時に、家族を幸福にするのは私しかいないと一人発心し、
いい大学に入り、いい会社に入って、お金持ちと結婚するんだ、
と思いました。お題目をあげることを知らなかった私は、とにかく努力
だと決め、学校から帰ると8時間の勉強をし、先生も手作りの問題集で
応援してくれました。1年間本当によく勉強し、友達からも、先生からも、
絶対受かると言われた国立名古屋大学を受験することになったんです。

 ところが、受験の3日前に交通事故にあってしまい、病院のベッドで気が
ついた時には、昨日が受験日だったと聞かされました。
その時、私の夢がガタガタと崩れ落ちていきました。どん底に落ち込んで
いた時に、母が枕元にやってきて「これが宿命よ」と追い討ちをかけるよう
に言いました。
おまけに今度は父がニコニコしながら「なあなあK、おまえの左足はな、
あまり強く打ちすぎて砕けてしまった。放っておくと骨肉腫になるので、
3cmくらい骨を削った。おまえは身体障害者になったぞ。すごいんだぞ、
手帳がもらえて、電車もバスもただで乗れるぞ」と明るく言うのです。
こんな両親の元に生まれた私は、世界で一番不幸者だと思ってしまいました。

 しばらくして父が「そんなに勉強が好きなら2年間ぐらい、ゆっくり身体を
休めるために専門学校にでも行ったらどうだ。自分のお金でな」と言うんです。
自分のお金で行くことになった学校は、論文試験だけの誰も知らない
五流短大で、栄養士になれる学校でした。2年後、就職活動に入りました。
先生から「君は身体が不自由だが明るいので、同じ境遇の人を元気にして
あげられるから、福祉関係の仕事に就いたらどうだ。給料は半分ぐらいだが、
やりがいがあるぞ」と奨められたのですが、どうしても高校3年の時の夢が
あきらめきれず、先生の反対を押し切って、ある一流商社を訪問したんです。
ところが、そこは採用する大学は決まっていて、その他の学校からは400人中
3人ぐらいしか入れないと言われ、それにはコネがいるとのことでした。
なんと自分はちっぽけな人間なんだろうと悶々としながら帰る途中で、
またもや交通事故にあってしまいました。幸い、右膝の打撲で済んだのですが、
救急車の中で思いました。「これが母の言っていた宿命なのかな。
人生の大事な時に自分の身体を傷つけてしまう。そういう宿命だとしたら早く
消さなきゃ、就職も結婚もできなくなってしまう。ひょっとしたら題目を唱えると
消えるのかな……」

 そんな時、女子部の部長から「今度、名古屋で全国女子部幹部会があり、
秋谷会長と佐野女子部長が来るんですが、来ませんよね」と言うので、
私は「行きます」と言って、初めて学会の会合に参加したのです。
その時、女子部長が「皆さん、1000万遍のお題目をあげて宿命転換
していきましょう!」と明るく言ったんです。そうか、宿命転換の鍵は
1000万遍のお題目だと思い、どうやってあげるのかと女子部長に聞きました。

「そうね、1日2時間半から3時間くらいを、3年か4年あげると1000万遍
あがるらしいよ」「らしいって、あげたことないんですか」「あげたことがないから
すごいのよ」と言われました。不可能が可能になる御本尊とも言われたので
「本当ですか?」「本当よ」「今、就職した会社があるんです」「どこですか?」
「M商事です」「時々、かなわないこともあるわよ」「かなわないんですか」
「その人にとってよくないことはかなわないわよ」。その日から1日1万遍の
お題目を4年間1日も欠かさずにあげきったのです。

 
[PR]
by hakodate0711 | 2013-05-05 18:28 | 私が聞いた体験談

K・Eさんの体験談①

K・Eさんの体験談

私の母は、小学校の時から信心しており、18歳のときに岐阜県の電気もない
山奥から名古屋に就職してきました。就職先の社長の息子が私の父です。

 恋が芽生え、二人は結婚したいと社長である、おじいちゃんに話すのですが、
大反対されました。「何万という女性の中から、なぜ目が不自由で
(母は小さい頃から目が不自由で、真っ黒い大きな眼鏡をかけていました)、
片親で、創価学会に入っていて、山奥から出てきた得体の知れない女性を
選ぶのか」と言われます。父はあきらめきれずに1年後もう一度頼んだところ、
社長は「結婚するなら次期社長としての仕事もなくなるし、財産も与えないし、
戸籍からもはずす。それでもいいか」と言われ、二人はなんと、駆け落ちをして
結婚してしまいました。

 つても縁もなく生活を始めたところが四畳半一間の部屋。こんな貧乏の
どん底で生まれたのが長女の私で、二人の弟も次々と生まれました。
二人は仕事もなく、饅頭を袋に詰める内職をして暮らしました。
どれくらい貧乏かといいますと、私が物心ついた頃は両親の愛も冷めかけ、
働けど働けど残るのは疲労感と空腹感だけで、5人で1合の御飯を食べ、
おかずは内職のお饅頭のはみ出したあんこでした。私が「あんこがおかず
なんてイヤだ。気持ち悪い」と言うと、母は「あんこと御飯だと思うから気持ち
悪いんだ。おはぎと思いなさい」と言って食べさせました。

 結婚するためだけで入信した父は次第に、御本尊様を見ると「この紙切れが
あるから家は不幸なんだ。だいたい、おまえと結婚したことが不幸の始まりだ」
と言い、母に殴る蹴るの暴力を振るい、御本尊様を何度も破ろうとしたり、
捨てようとしました。そのたびに母は、御本尊様を守ってきました。こんな中、
私たち姉弟3人は「こんな貧乏で、喧嘩の絶えない宗教は、絶対にしないで
おこうね」と誓い合っていました。 中学校の時も、社会は豊かなのに、
我が家は学校に持っていくお弁当がおにぎりだけでした。朝、母が1個握るのに
20分かけるのです。学校でいじめられないようにと、おにぎりに題目を送って
いたんです。本当にいじめられるどころか、にんじん、ごぼう、ピーマンなど、
残すと母親に叱られると言って、みんなが自分の嫌いな食べ物をくれるので、
それをおかずにして食べました。弟たちの教室にも行って分けてあげ、
みんなからは感謝され、おかげで私は健康で病気もしませんでした。

 
[PR]
by hakodate0711 | 2013-05-05 18:26 | 私が聞いた体験談

皆様、こんばんは
今日は、少し遅れましたが、「創価学会の日」「創価 学会母の日」を記念して
以前聴いた題目の素晴らしさを感じる体験談をアップします
話によると昔、婦人部の会合で発表されたものっだそうです

彼女自身も凄いのですが、信心を貫いた抜いた彼女のお母様も素晴らしいです
ただ、彼女のあげていた題目は唱題のための唱題ではなく、
本当に「報恩」「感謝」の題目を喜びながら唱えるから
功徳が増してるのかなと思います
[PR]
by hakodate0711 | 2013-05-05 18:24 | 私が聞いた体験談