徒然なるままに書いてます

by hakodate07

<   2012年 12月 ( 24 )   > この月の画像一覧

前回に引き続き今年、私の信心を奮い起させた熊キャラををご紹介(汗)

②夕張メロン熊
最近、結構有名になってきたメロン熊ですね
夕張メロン熊を知らない方のために・・・
夕張の農家を荒らし、おいしいメロンを食い荒らしたことで変貌
した熊のこと
近年増加する熊によるメロン農家の被害。
凶暴な熊はおいしいメロンを食べることによって自身の姿を
変化させ、遂に人々の前に現れたのである。驚いた人類は新聞や
テレビ、インターネットなどでこぞって取上げ、いまや全国に広まった。
しかし…、なぜこのような姿に変わってしまったのか。
凶暴化してしまったのか、未だ不明である。
ただひとつ・・・、
夕張にしか生息していないことだけは事実である…。
恐怖のメロン熊のブログより抜粋
http://ameblo.jp/melon-kuma/
そして、保育園を訪問すれば園児は号泣。そしてうっかり逮捕
までされ・・・
もう、この姿、経歴から既に、ゆるキャラではないですね・・・・・

しかし、何故、そんな凶暴なクマさんが私の信心を奮起させるのか・・・・
人間革命11巻 「夕張」の章、今年の5月の本部幹部会同時中継の
原田会長のスピーチにでてくる夕張の「熊隊」の話を思い出させるからです

「熊隊」とは昭和31年ごろからの夕張の壮年、婦人、男子、女子部の中
から選抜され指導、折伏を実践するためのグループです

電話が皆無だった時代だったので出動の日程が決まると
青年部員が「何月何日、何時集合」とだけ書かれ、丸に「熊」の朱印が
押されたメモを歩いて配り隊員を招集します。
この伝令を届ける青年は、熊隊の「熊」に伝令の「伝」で「熊伝」、
指導担当の隊員は「熊指」、折伏専門が「熊折」、
何度折伏しても、らちの明かない人を特別に担当する折伏の達人は
「熊特」と呼ばれました。
休日となれば数十人の隊員が4、5人のグループとなり、まるで熊の
隊列のように駅ごと順々に降りて、その地で一日、折伏を行じます。
そして帰りは決まって終列車。車内は折伏の土産話で大にぎわいだった
といいます。

夕張はどんどん力を付けていき、魔が出現します
それが、あの「夕張炭鉱事件」です・・・・今年はそれから55周年・・・・

当時の苦労を思えば、私、まだ、甘いなぁ・・・
メロン熊みて、それを思い出して気を引き締めるわけです
(メロン熊で[熊隊」を思い出すって・・・
「熊隊」の人々が泣くぞ・・・・・私、本当に失礼ですね・・・私)
そして、下の画像は9月に夕張に行った際に買ってきた
夕張メロン熊ノート・・・・おとな用のノートだそうです(大汗)



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by hakodate0711 | 2012-12-30 01:28 | 日常

愛すべき熊キャラ①

プーさんにテディベア、リラックマ、くまモン・・・・等々と
マスコットやぬいぐるみは犬や猫よりも熊キャラ達が幅を利かせて
る昨今ですが、
今年、私の信心をふるい起させた熊キャラををご紹介

①唱題クマさん
私の自己紹介のところに載せてる写真は知る人ぞ知る
唱題クマさん(お祈りクマさんともいうらしい・・・)
今年名古屋の婦人部の方から頂いた決意の年賀状に
ちょこんと載っていたのが可愛くて可愛くて調べて購入
本当は2匹(2頭?)買ったのですが、もう1匹は最も「幸せ」にと願う
大事な方に養子(プレゼント)に出したので
うちにいるのは写真の1匹のみ
今年はこの子の題目してる姿をみて、この子も頑張ってるんだから、
自分もやらねばと奮起させられました!
ちなみに、小さいころの愛犬にちょっと似てる(?)と家族からの評判です!
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by hakodate0711 | 2012-12-26 12:51 | 日常
<此れより後は此経難持の四字を暫時もわすれず
案じ給うべし>

これからあとは、この経は持ち難しと、持続が難しいんです。
その、持続の中に信心があるんだ、と、いうことを、これっぽっちも忘れては
いけない。そして、もう一回発心をして、信心を貫き通していきなさい。
こうゆうご指導ですね。これで、四条金吾は、また決意をして、
大発心をして頑張るわけです。前後、四年間大難が続くんですね。
だけど、最後は、主君の信用が前より倍増して、所領が三倍にもなるん
ですね。そうゆう大勝利の実証を示すんです。そうゆう面で、社会の中で
実証を示していかなければ、広宣流布の推進はできないんです。
逆に、信心しているからといって、「信心してもちっとも変わらないじゃないか」
「仕事もちっともできないじゃないか」と、そうゆう風に、生活の上に実証を
示せないで、むしろ人に御本尊を疑わせる、と、すれば謗法だと、
よく戸田先生が言われました。そして、広宣流布の妨害だといわれたんです。
こうゆう、大変な世の中だからこそ、信仰者の一人一人が見事な実証を
示していくこと自体が、折伏になり、広宣流布の推進になるんですね。
そうゆう面で、信心は観念じゃいけないんです。
現実の中で、生活の中で、どう、実証するか、ということが大 事なんです。
男子部一人一人が職場の中で生活の中で、どう、実証するかということが
大事なんですね。明確な決意と祈りとそして、実践があり、結果を出すことが
大事なんですね。どんな戦いだって、同じことが言えますね。
そうゆう信頼がなければ、いけないんです。職場でも折伏でも同じことですね。
入会者の入会動機を聞いてみると、入会動機の53%は紹介者の熱意、
真心に感じてです。28%は紹介者の人柄、言動に感動してです。
81%は紹介者なんです。紹介者の一念なんです。紹介者の振る舞い
なんです。どんな戦いだって同じことですよ。やっぱり相手がこちらを
信用しなければだめなんです。
全部原理は同じなんです。そうゆう面で、どれだけの人が、決意と祈りの
ある信心、結果の出せる信心をするかということが大事ですね。それには
、私達幹部が自分自身で実践をし、実証しながら、実感を訴えていくしか
ないんです。観念や言葉で人が動くものではありません。自分自身が実感
したものしか相手には通じないんです。また、祈った分しか通じないんです。
そうゆう面で、波を持続して今年の総仕上げをやり、
また、来年の戦いを勝利に導いていく戦いを見事に展開していただきたい
と思うんですね。以上です。
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by hakodate0711 | 2012-12-26 12:22 | 河合師範

河合師範御書講義⑫

<「則為疾得・無上仏道」は疑いなし>

人に言ったら愚痴に為る。御本尊にぶつければ、祈りになる

必ず、無上の仏道を得ることは間違いないんです。
難があるから無上仏道を得るんです。苦労があるから功徳があるん
です。
喜びがあるんです。ですから、どんなに頑張っても、愚痴をこぼしちゃ
いけないんです。四条金吾殿に与えられた御書の中に、
「たとえ、相手が妻子であっても、愚痴をこぼしちゃいけない」という
御書があるんです。相手が自分の妻や、子供であってもですよ。
愚痴をこぼしちゃいけないっていうんです。結局、愚痴というのは、
「自分は悪くないんだ。環境が悪いんだ」というのが愚痴でしょ。
自分の弱さの現れであり、「自分のせいじゃない、人のせいだ」って
言うのが愚痴なんです。今度それを相手にぶつけるのを、文句という
のです。だから、愚痴と文句は、双子の兄弟なんです。信心している人に
ぶつけると、怨嫉というのです。双子の兄弟の親分になるんです。
だから、愚痴と文句と怨嫉と付き合っているうちは、どんなに頑張っても
功徳はないんです。盛大に付き合っている場合が多いんですね。
どんなに頑張っても、マイナスになってしまうんです。
ですから、愚痴と文句を言わないことですね。人に言ったら愚痴に
なるんです。大変だ!御本尊にぶつければ、祈りになるんです。
百万遍愚痴を言ってもいいことはないんです、御本尊に言ったら開け
ちゃう。人に言わない!御本尊にぶつけることですね。愚痴と文句と
怨嫉をしないことが信心のコツなんです。功徳を受ける。

<天台大師の云く「信力の故に受け念力の故に持つ」>

だから、決意するのは「信力」、ようし、信心を奮い起こすんです。
今度は、持続は「念力」なんです。祈って、祈りを持続しなければだめ
なんですね。祈りがあれば結果が出るんです。

<また曰く「この経は持つ難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり」云々>

この法華経は持ち難いんだと、若し暫くも持つ者は我即ち、諸仏も歓喜
するんです。持つ事が大事ってことですね。持続が全てなんです。
どんなに立派な決意しても、持続しなかったら、決意しなかったと同じです。
この間来た男子部がいうんです。決意がすぐ変わるんですって。
変わる決意は決意じゃないんです。そうでしょ、行き先を変更ばかりしているん
ですから。大阪行こうかな、仙台行こうかな、新潟行こうかなって、行き先変更
ばかりしているんですから。着くわけないんですね。切符を買っても途中で降り
ちゃうんですから。キャンセル型信心っていうんですね。

<日にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり>

たきぎを放り込めば、火は盛んになる。大風吹けば求羅は倍増するなり、
求羅とはトカゲの一種、風が吹くと膨らむトカゲなんですね。これは伝説の
動物ですが、実際に、インドには、こうゆうトカゲがいるんですね。

<松は万年のよわひを持つ故に枝を・まげらる>

松は、枝振りが常緑種でしょ、ですから、枝を曲げて盆栽なんかにするん
ですね。長寿だからそうするんですね、草だったらそんなことしないんです
ね。長寿の木だから枝振りを変えられるんです。

<法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し>

法華経の行者は、大難を受けて成長していくんです。いろいろな戦いが
あり、広布のための苦労があるから、そこに成長があり、また、
人間革命ができるんだってことですね。

<法華経の行者は久遠長寿の如来なり>

一応は、日蓮大聖人様、久遠元初の自受用身ですから、我々も、
その眷属ですからね。

だから、<修行の枝をきられ・まげられん事疑いなかるべし>

未来、永劫の幸せのために、今、さまざまな修行の枝をまげられんだと
、だから、それに負けちゃいけないんだと。
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by hakodate0711 | 2012-12-21 21:25 | 河合師範

敵は昨日の自分 

タイトルは、氷室京介さんの「WARRIORS」の歌詞からです
某専門学校のCMのタイアップ曲でもあり、
CMのキャッチコピーは「今日も勝負したか」でした
物凄いカッコいい歌です

未来対話で池田先生が「ライバルは昨日の自分」とのお話が
ありますが・・・氷室さん・・・・これって・・・・
あっ、作詞は森雪之丞さんです

敵は「昨日の自分」・・・・
昨日に打ち勝つためにはまず、私の場合、朝の目覚めの敵、
冬の恋人「お布団」と「ストーブ」の誘惑に勝ち、朝に勝つ!
ここが第一歩ですね
これらを恋人言ってる私に「人間の恋人作れ!」とか
「境涯低すぎ!」という家族の突っ込みが痛い(大汗)
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by hakodate0711 | 2012-12-19 18:12 | 日常

わが友に贈る

 
 朝の決意が 一日を決める!
 きょうの行動が 永遠の思い出を創る!
 わが使命を果たせ!

 聖教新聞 12月15日より わが友に贈るより

 先程アップした河合師範御書講義⑩・⑪にも朝が大事という
 話がございましたので、ご覧くださいませ
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by hakodate0711 | 2012-12-15 14:12 | 池田先生

河合師範御書講義⑪

<此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり>

そうゆう面で、信心をするというのは、苦しみじゃないんですね。
苦労はあっても、苦しみじゃいけないんですね。苦しみじゃいけ
ないというと、語弊があるかもしれませんが、本当に自分のための
苦労であれば、苦しみじゃない。全部、自分のためです。
難があったって、問題が起きたって、全部自分のためです。
全部、成長できるチャンスであり、宿命転換のチャンスとなれば、
苦しみじゃない、苦労にはなるかもしれないけれど、全部プラスに
変えていけるのが、信心なんですね。だから、難があって当たり前、
苦労があって当たり前なんだ。戸田先生が良く言われたことは
「青年は自分から望んで苦労しなさい。苦労が財産になるんだ」と
いわれました。苦しみじゃない、苦労はすべきなんですね。
信心で苦労したものは、後に福運が残るんです。池田先生は
「広宣流布のための苦労は、命を軽くするんだ。世法の苦労は
命を重くしていくんだ」と、こうおっしゃった。
広宣流布のための苦労はうんとすべきなんです。それは、命を軽くして、
幸せにしていくんです。苦労はすべきなんです。
苦しむんじゃないんですね。受身で、重荷でいると、苦しんでしまうん
ですね。自分のためなら、苦労であっても、苦しみじゃないんです。
だから、<難に値うべしと心得て持つなり>なんです。難がある。
苦労があるのは当たり前。だから成長できるんじゃないか。
人間革命できるんじゃないか、と、こう受け止めていくのが、
信心なんですね。楽をしようと思ったら、信心なんかすること
ありません。
世法で楽をすれば、あとで苦しみが残るんです。信心で苦労すれば、
あとで、本当の喜びが残るんです。だから、信心で楽をしちゃいけない。
信心で楽をしたら、世法で苦労します。あとでそうなるんです。
だから、楽をしようと思わないことです。うんと苦労しよう、
信心根本で、うんと苦労して、福運を積もう、自分を磨こうと決める
ことです。そうすれば、あとに大きな財産が残るんです。
また、信心で頑張ったものは、必ずそれが、こんどは、仏法は体で
すから、、世間は影ですから、信心根本で頑張ったら必ずあとに
世法の上で結果が出るんです。そうでなければおかしいんですね。
だから、世の中が景気が悪い、不景気だからこそ、信心のしどころ
なんです。ところが、意外と、結果が出ない信心をしている場合が
多いんですね。信心は信心、活動は活動、仕事は仕事で、悩んで
いるんです。そういう場合が非常に多いんです。特に学会二世は、
体験がないもんだから、1回体験でのりきればいいんですけど、
夢中で活動しているんですけれどもってね、決意と祈りがあいまいで、
ろくに勤行もしないで、ただ活動だけ頑張っている。
重荷にはまっている場合が多いんです。本当に、決意して、祈って、
動いている場合には、みんなプラスに変わっていくんです。
ちょっとしたとこだけど、大事なところは外れてはいけないんです。
一人一人に、決意と、祈りのある信心をさせれば、みんなを成長させる
ことができるんです。これが、指導、訓練になるんです。力がついて
結果が残るんです。それが、大事だと思うんですね。どんな戦いも、
一人一人が自分の戦いとして、自分の信心で決意した時に、
苦労はあるとしても、あとに大きな喜びと福運が残るんです。
それが、大事なんですね。やんなきゃなんないからやろう、という、
いい方をしてはいけない。重荷になるから。
やらなくてはいけないんだから、自分で決意して、自分の戦いとして
頑張ろう。そうゆう風に決意したほうが、力が出るんですね。
ここが、大事なんですね。信心をしていれば、なんとかなるんじゃない
、自分で決めて・祈った分しか、結果は出ないんです。
そうゆうことですね。
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by hakodate0711 | 2012-12-15 14:09 | 河合師範

河合師範御書講義⑩

一日の勝負は、朝

その日の勝負は、朝なんです。朝の決めて・祈ったかどうかで
決まるんです。だから、朝負けたら、一日負け。
夜、お題目をあげても、福運にはなるけど、その日の勝敗には
もうだめなんです。消化試合みたいなものなんです。
勝敗関係ないんです。それと、同じなんですね、ですから、
朝が勝負なんです。だから、文明堂の社長がこう言っているんですね。
「社会に、会社に3種類の人がいる、いなくては困る人・いてもいなくても
いい人・いなくてもいい人、と3種類あります。
どこで分けるかというと朝起きの仕方で分けるんです。朝、自分の意思で
ちゃんと起きて、早めに会社にくる人、この人はいなくてはならない人です。
次は、目覚し時計で起こされたり、家族に起こされて、しぶしぶ出てくる人、
これはいてもいなくてもいい人。
起こされても起きないで、起こすと起こした人と一緒に寝かしちゃうような人、
このような人は、いなくてもいい人です。」と、
おっしゃっているのです。社会で、何か大きなことをやる人は、
朝起きができなくちゃいけない。これは、世間の言葉です。
世間の言葉だけど、信心でも同じことですよ。
朝、お題目を上げられない人は、一日負けなんです。
一日負けということは、人生負けということです。
朝、その日、その日を決めて・祈って・動いて勝負なんです。
その積み重ねなんです。
だから、毎日、毎日の戦い、会合がある、折伏がある、指導がある、
本当にそう思ったら祈れるはずなんです。
祈らないでいくから結局から回りになってしまうんです。
空回りの連続だから、良くわからない、良くわからないから、
楽しくも何ともなくなってしまうんです。そして、愚痴と文句が出てくるんです。
ですから、朝の勝負なんです。この一日の積み重ねが、戦いなんです。
夜上げた題目は、福運にはなります。福運にはなって貯金にはなるけど
、その日の勝敗には関係なくなってしまうんです。
その次の日になってもかまわないけど、やっぱり、朝の戦いなんです。
そうゆう面で、決めることは簡単。決意することはやさしいんです。
でも、決意を持続することは難しいんです。
 <去る間成仏は持にあり>なんです。どう決意したとしても、貫けなければ、
結果は出ないんです。これが、信心で一番大事なコツといおうか原理ですね。
生涯においても同じことです。毎日、毎日、朝の決意を貫けるかどうか。
だから12月の座談会のときには1月の座談会で決意したことを体験発表
しますね。決意を紙に書いてとっておきますね。それを、12月の座談会で
各々が書いたことをどうなったか発表しますね。大抵の人はこう言うんです。
「あれ!こんな決意したかしら!!」という人が多いわけです。
決意を忘れてしまっているわけです。決意があいまいで・目標があいまいで・
実践があいまいで、結果があいまいになって当たり前なんです。
大抵の座談会は、反省コンクールになるんです。反省コンクールを
毎年やってもしょうがないんです。成長コンクール・幸せコンクールを
やらなくちゃしょうがないんですね。ですから、本質は、成果が上がったか
どうかではないんです。功徳を受けたかどうか、成長したかどうかなんです。
成長するためには、功徳を受けるためには、決めて・祈って・
動かなければ、だめなんです。
だから、自分の部の中の部員さんがどれだけ、自分の決意と、
目標を持って実践しているか、ということが、明確なそういう部は、
成長し、功徳を受けてしかも、成果が上がっているはずなんです。
これは間違いないんです。これは大Bだってそうですよ。
折伏を40世帯やっている大Bは、日本中にたくさんあるんですから。

成果が上がっている組織は3つ共通点があります。
一つは組織の目標じゃなくて、一人一人が決意、目標を明確に、持っていること。
二つ目は、お題目をみんなが唱えていること、お題目の渦が巻き起こっていること。
三番目は、幹部が率先して実践しているということです。題目もあげて折伏も
しているということです。そういう組織は必ず結果が出ています。
当たり前でしょ、それは、一人一人が、決意、目標を持って祈って頑張って
いるんだから。
結果が出て、功徳が出て、当たり前。しかも、幹部が率先してやっている
んですから、文句はないんです。その反対のところ。
個人の目標ではなくて、組織の目標ばっかり重くて、重荷になってて、
お題目があがんなくて、幹部が率先していないんですね。
そういう所は、できないように頑張っているって言うんですね。
できたら不思議でしょ。ですから、組織は、長なんです。
部は部長、大Bは大B長なんです。本部は本部長なんです。
一念が反映しているんです。信心が反映しているんです。
これは、絶対です。条件じゃないんです。最初は悪いところはいくら
でもあるでしょう。そこに、本当の祈りと・決意があり、自分自身が実感し
、訴えていくならば必ず良くなるはずです。そういう面で全部、決めて・
祈って・動いているかに尽きるんです。それ以外にないんです。信心とは、
決めて・祈ることです。簡単にはそれっきりです。あとは付け足し。
あとは、どうやってもかまわないんです。
何やってもいいんです。決めて、祈らないから、結果が出ないんです。
折伏でも、指導でも、全部同じことです。観念では祈っているかもしれ
ないけど、決めて祈っていない。本当に決意しなかったら、結果は出る
はずがないんですね。<持つ>とは、持続です。
ただ、持っているのではないんです。これは、持続です。成仏は、
発心の持続にあるんだ。と、いう事です。
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by hakodate0711 | 2012-12-15 14:08 | 河合師範

河合師範御書講義⑨

 信心を深めるとは体験を積むこと

信心を深めるということは、体験することしかないんです。
理論だけ勉強しても信心は深まらないんです。
命で感ずるしかないんです。
牧口先生は「宗教というものは体験する以外に解るもの
ではない」とおっしゃられた。仏法も体験して、命で感じなければ
駄目なんです。教学だけ勉強しても仏法は解らないんです。
教学を勉強して信心しなければ駄目だということを学んで、
初めて教学が自分のものになるんです。
御書を100回読んでも御本尊様を拝まなければ信心は
解らないのです。そうゆう面で、信心とはどう決意して、
実践してやり通すかというところにしかないんです。
無疑日信という言葉があります。疑い無きを信という。
信ずるとは疑わないということです。どうすれば疑わないか、
体験すれば疑わない、どう体験するのか、それは決めて祈って、
動くしかないんです。決めて、祈って、動けば、必ず体験できるのです。
ですから、信を深めるとは体験を積むしかないんです。
その繰り返しなんです。人間というのは自分の為にしか
決意しないという言葉があるんです。自分の為だから決意するのです。
人の為になかなか決意できないのです。仏法は人の為でも自分の為
でもかまわないんです。そして、自分の宿命転換の為に折伏をする
んです。これが、相手の為になり広宣流布の為になるんです。
人の為に祈ったことも、全部自分の功徳に帰ってくるんです。
犠牲はまったく無いんです。自分の為からスタートして、
相手の為を祈って折伏をする。根本は自分の為なんです。
一切の戦いを、決意と目標を持って頑張っていけば成長できるのです。
それがなくてただ頑張っていると結局惰性になり形式的になってしまうのです。
そう言う面で、あくまでも自分自身の幸せのためであり、
一生成仏のためであり、同時にそれがみんなのためになり広宣流布の
ためになっていくのだとそう信ずればいいのですね。本当に
そう実感すればそうなるんです。
そうすれば、いくらでも力が出るんです。ただ、広宣流布のため
という観念だけで頑張っているから、人材があまり育たないんですね。
そう言う面で、どこまでいっても体験するしかないんです。
今度は、部長が話で話をしてもだめなんです。
自分で決意して、実践して実感したものを訴えると相手に入るんです。
実感しないものをいくらいい話を聞いて話してもだめなんです。
相手に入るのは、こちらの一念が入るのであって、実感が相手に
通じるのであって、言葉が通じるんじゃないんです。理屈が通じるん
じゃないんです。折伏でも同じことですね。
わかりましたというのに三種類あるんです。
1.ガミガミガミっと言うとわかったようるさいな、というわかり方、
よく男子部の会合で「頑張ろうじゃないかと言うとオー」というけど
 ぜんぜん頑張らないのね、この口ですね。義理が悪いから「オー」って
言うけどね。
 こういうのを「総論賛成・各論反対」というのです。みんなで頑張ることは
賛成、個人で頑張ることは反対なんです。
2.理論的に説得すると「理論的にはわかりました」というわかりましたと
いうのがあるんです。
 これは、理論的にはわかっただけで、実践にはならないんです。
3.「わかりましたやります」というのが本当の説得、納得になるんです。
 二番目は説得。三番目は納得なんです。納得というのは単なる理論
じゃないんです。命の説得なんです。
 「あなたにそこまで言われちゃしょうがない、やりますよ」
「わかりました、やります」というのが命の説得なんです。
 結局私たちは、相手のために祈った一念が命の説得になるんです。
折伏にしても、指導にしても同じなんですね。
組織の再建屋という壮年の大B長さんがいます。再建屋というのは組織を
再建するんですね。特別なことは何もしないんです。
最低の組織にいって最高の組織にしてしまうんです。それで再建屋という
あだ名がついたんです。この方がこう言っているのです。
「私は相手の家を訪問するときに、相手の事を御本尊様に祈ってから訪問
するんです。自分に厳しくして祈った分しか相手に通じませんね。
祈ってぶつかって、祈ってぶつかって、その繰り返しなんです」
そして、その一念で相手の方を建ちなおらっしゃうんです。
そのようにして一年位するとすばらしい大Bになってしまうんです。
壮年部が一人しかいない大Bが壮年が20人くらい集まる大Bにして
しまうんです。すると、またほかに派遣になっていくんです。
で、またその組織を良くしちゃうんです。それで再建屋というあだ名が
ついたんです。再建屋は少ないですね、壊し屋は多いけど。
結局方法はないんです。ただ、一念なんです。いつも言うように、
理論で相手に話をしても、相手に通じることは少ないでしょう。
これは、家族でも、親子でも同じなんです。言葉で通じることって少ないん
です。では、どうするか?直通はだめなんです。
御本尊経由でいくんです。必ず通ずるんですね。遠回りで、一番近道、
御本尊経由が一番近道、一念は通じるんです。
言葉は通じない、一念のこもった言葉は通じるんです。命の説得だから。
そうゆう面で、根本は、全部決めて、祈っちゃうことなんです。本当に、
部員のために祈っているか?基本的に言うと、あんまり祈っていないんです
。祈っている人も、いなくはないけどね。男子部は勤行しないんですよ、
基本的に言うと。部長クラスでも勤行している人は少ないですよね。
3割くらいか5割くらいかと思っていますけどね。やる気はあってもなかなか
できないでしょ。だから、朝が勝負なんです。
男子部は夜型でしょ。夜遅いから朝弱いでしょ。お題目というのは、
次の日に持ち越せないんです。持ち越せないものに3つあるんです。
寝だめ・食いだめ・お題目。昨日、ビフテキとうな丼を食べたから、
今日、食べなくっていいってわけに行かないでしょう。
一食くらいなんとかなってもね。それと、同じなんです。
これは、お題目をあげちゃいけないというわけではないんですよ。
お題目を上げた分は、福運にはなるんです。でも、昨日あげたからといって
今日あげないと、その日の戦いは負けになるんです。
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by hakodate0711 | 2012-12-15 14:00 | 河合師範

河合師範御書講義⑧

ですから、指導とは相手の信心が「不信」か「惰性」ですよと
気がつかせてあげればいいんです。そして、「決意して」「祈れば」
「結果」が出ますよと「決意」させればいいんです。
あしろこうしろなんてことは必要ないんです。
本人がどうやるかは本人次第。たいていは「決意」することを
させないで「やること」を強制させてしまうんです。
その悩みだったら2時間題目を上げなさい、とか、言うわけです。
これは、悪くはないのだけれども、相手に押し付けたのでは
結局重荷になってしまうんです。本当の「決意」ではないから、
「言われた決意」だから。「言われた決意」というのは長続き
しないんです。結局「押し付け」だから。本当の「発心」ではないから、
本当の「発心」ならば何をやってもかまわないんです。
1日2時間の題目を上げようと本人の勝手なんです。
本人が決めたものなら出来るけれど、「言われたもの」はやったと
しても「重荷」になってしまうんです。結局これは「惰性」になって
しまうんです。その上、結果が出ないんです。これではいけないんです。
ですから、「決めて」「祈って」「動けば」「結果」が出るんです。
「百万遍の題目を上げて折伏をやってご覧、必ず解決します」と、
このように言うのはいいんです。百万遍をどうやるかは、本人次第。
1ヶ月でやろうと、2ヶ月でやろうと、3ヶ月でやろうと、半年でやろうと、
1年でやろうと、10年でやろうと、それは本人次第なんです。
100年かかってやろうとそれはかまわないんです。
あくまでも、本人次第なんです。百万遍の唱題に挑戦し
折伏をして結果を出させることが大事なんです。
そう決めて指導すれば自然に活動に参加するようになります。
形から入ったら「惰性」になってしまうんです。
「決意」から入ったら「信心」になるんです。だから、「決意」させる事が
「信心」なんです。そうすれば、後は言わなくても一緒に活動で
きるようになるんです。心が動けば体はついてくるんです。
体だけ動かしても心がついてこなければ空回りになるんです。
だから「言われたからやっている」「やらなくちゃならないからやってる
」「なんとなくやってる」「なんとかなるからやってる」
こうゆう一念は全部「受け身」なんです。
「受け身」=「惰性」ということ なんです。
惰性だと必ず重荷になるんです。そうすると、活動が苦しくなって
しまうんです。
したがって「結果」が出ないんです。そして、「愚痴」と「文句」が
出るんです。で、しらけてくるんです。
これを「貧心コース」というんです。「信心ごっこ」とも言うんです。
本人は「信心」をしているつもり。
確かに信心をやっているかもしれないが結果が出ない信心なんです。
結局最初のスタートが間違っているから。自分の決意じゃないから、
言われた決意だから信心が空回りになってしまうんです。
ここに問題があるんです。大阪の男子部の方が相談に見えました。
建築業の方なんですけれども5000万円の借金を抱えて倒産寸前
だって言うんです。仕事を辞めたいというんです。
話を良く聞いてみると「昔頑張った」というんです。
昔頑張っていても今頑張っていなければしょうがないといったんです。
どのくらい題目を上げているんですかと聞いたら30分って言うんです。
30分で悪いとは言えないけれども、少なくとも深刻な悩みの
ある人の題目ではないですね。事業が倒産しそうで大変だという時に
30分の題目でもつかっていうんですね。
その程度では、生きているのが精一杯ですね。
そんな信心は宿命転換の信心ではない、それからこの話をしたんです。
結局「惰性の信心であり不信じゃないですか」といったんです。
「こんな信心をしているのにと思っているんでしょう」と聞いたら
「思っているって言うんですね」惰性の信心であり不信なんです。
しかもこの方は元念仏だから、人にだまされて、すぐあきらめて、
愚痴を言って、頑張っているんです。まさに、念仏型で頑張って
いるんです。
創価学会念仏風の典型なんですね。
そこで、その人の一念をはっきり破折したんです。
そして本当に決意したんです。その後手紙が来ました。
決意してから折伏できなかった大B(当時)も6世帯の折伏が
出来たそうです。そして、大Bの雰囲気も変わってきた、
1日1万遍の題目を上げて百万遍の題目に挑戦して、
来年一杯で借金も返済するといっていました。
21年間の信心は空白だったといってました。
今は信心をして充実感と喜びでいっぱいですと手紙が来ました。
決意して自分に挑戦し始めたら変わったのです。
信心とはこういうものなんです。信心を何年やろうと、
惰性の信心では何にもならないのです。本当に決意して
自分に挑戦した場合には、苦労はあるかもしれませんが
必ず結果は出ます。それが信心なんです。そういう信心しなけれ
ばつまらないですね。最近は学会二世が増えていますから、
学会二世というのは生まれつきの惰性ですからね。
信心の体験がなくてそのまま来ている人が多いですからね。
人柄はいいのだけれども弱いんです。体験がないから、
何かあると挫折してしまうんですね。何の為に信心をするのか
ということを教わっていないんです。勤行と活動だけは教わっている
のだけれども、そうゆう意味では自分の意志で信心を始めた
わけではないんですね。自分で決意して初めて信心になるのです。
だから、信心とは
1.自分自身で決意して、
2.自分を変えようという変革の目標と実践の目標を明確にして
3.御本尊様に真剣に祈り実践すると
4.苦労はあっても必ず結果が出て、喜びと福運が残る
これが信心なんです。体験のない人は、本当の決意をしたことが
ないんです。一時的に文化祭を頑張ろうと、活動の決意はするけれど、
自分自身を根本的に変えようと決意していない場合が多いんです。
活動の目標は持っているのだけれど、それが終わってしまうと
がっくりしてしまうんですね。文化祭は頑張ったけれども、
文化祭が終わったとたんに勤行しなくなってしまったという人、
大勢いるでしょ。すぐ落ち込んでしまうんですね。
自分自身を変えようという決意があった上にそのために活動を
頑張るんだということが大事なんです。そうすれば活動が全部
生きてくるんです。活動の為だけの目標だと自分自身の変革は
ないんです。
そうゆう面で何を決意して何を目標にしているかということが
大事なんです。今度はその決意を持続したときに必ず結果が
出るんです。決意させるには自分を見つめさせることです。
環境に負けているどうにもならない自分に、そして宿命に気が
つかせることです。こんな自分ではいけないと気がつかせてあげる、
それではどうしたらいいか、これではいけないと思うようになります。
そこで、何をいつまでに、どう、変えるのかを決意させるのです。
決意と目標を明確にして、即、実践に入らせる。後は激励して、
決意を貫かせてあげれば体験が出来るのです。
体験が出来れば強くなれるのです。後は、この繰り返しです。
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by hakodate0711 | 2012-12-14 23:40 | 河合師範