やってしまった後悔はだんだん小さくなるけど、やらなかった後悔はだんだん大きくなる

やってしまった後悔はだんだん小さくなるけど、やらなかった後悔はだんだん大きくなる
by 林真理子 林真理子「生き方名言新書」より"

言われてみるとそうだなって思います。
最近、迷った時に、この言葉を思い浮かべています。
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# by hakodate0711 | 2012-11-25 22:10 | 日常

河合師範の指導と私の中学生の頃の体験

ご覧の皆様、日々お疲れ様です
日々、人との関係で落ち込むこと結構あると思います。私も、走って、壁に絶賛激突中です(笑)
そんな人との関係に関する河合師範の指導を抜粋します。

ある女子部から手紙がきました。
職場の嫌な同僚が辞めますようにって祈っていいかって聞いてきたことのある子です。
相手の成長を祈り始めると、その人が、ある朝の朝礼で突然号泣しながら「もう人の嫌がることはしない」と言い出したそうです。
相手の成長を祈ったから相手が変わったんです。
みんな結構「あの人は変わらないよ」と思って祈らないもんです。

1998・2・14門真文化会館 河合師範の指導から抜粋

振り返ってみると私も似たようなこと何度かありましたが
まだ、この指導が発表されていない昔(汗)の私の中学生の頃の体験を一つ

中学2年生の頃、物凄く、友人関係悩んでおりました。
今も昔も、このくらいの年頃って男子も女子も大なり小なり友人関係複雑ですよね 
いじめは勿論、仲のいい友達に対してもなんとなくそれ用の顔を作って付き合ってたりして・・・
そんななか、3学期に修学旅行の班決めするということになっていたんです
(修学旅行は中学3年の5月ですが、クラスは持ち上がりなので)
もう、どうしようもなくて、冬休みの間毎日、3時間題目をあげました

冬休み明け、苦手だった子から話しかけられるようになって、よく話すようになったんですよ
その子が根が面白い子だとわかって仲良くなって他にも無理してた友人関係がスムーズになっていきました。
そして、あれほど悩んでいた班決めもすんなりいって、その後の修学旅行も楽しむことができました。

その時作った当時別の友人がハマっていた吉田戦車の「伝染るんです」のカワウソのイラストだらけの
修学旅行の文集も懐かしいです(笑)
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# by hakodate0711 | 2012-11-23 15:11 | 河合師範

立正安国の精神

汝須らく 一身の安堵を思わば 先ず四表の静謐を祷らん者か
(なんじ すべからく いっしんのあんどをおもわば しひょうのせいひつを
いのらんものか)
立正安国論 31ページ

(通解) 
あなたは、すべからく一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈る
べきである

39歳の日蓮大聖人が、文応元年(1260年)7月16日、幕府の最高権力者
である北条時頼に提出した諫暁の書。当時、疫病や飢饉、相次ぐ天変地異
のため、民衆は苦しみの底に沈んでいた。大聖人は社会が安穏であってこそ、
一人一人の真の幸福もあると説かれた。

~御書をひもとく 要文123選~から抜粋 
創価学会男子部教学室 編

男子部教学室の方すいません、引用させて頂きました(汗)


私の大好きな御書の一節です
なんだか、本当に、今の世の中みたいですね
信心は、家族の為、友の為、師匠の為、周りの人々の為、そして自分の為と
皆のための信心なんですね、
皆、幸せになれる為にを祈り、行動していきたいです!
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# by hakodate0711 | 2012-11-18 08:39 | 御書

河合師範 「信心の基本を学ぶ」⑤

 戸田先生は「広宣流布は豆腐のおからだよ。」とよく言われた。おからは豆腐の絞りかす。おからは目的ではなく結果。豆腐を作ると結果としておからが出来る。折伏して自分が功徳を受け(豆腐1個)、相手も功徳を受ける〈豆腐がもう1個)。結果として、結果が1(おからが1つ)、豆腐が2つにおから(成果)が1つ。今は、おからの専門が多い。寝屋川おから店になっている。みんな栄養失調。うんと豆腐を作って、その結果、うんとおからが出来ればいい。成果は目的ではなくて結果。幸せの拡大が目的。不幸な人を救って、功徳を受けて、広宣流布が進めば結構なこと。おから専門店ではダメ。寝屋川豆腐店にしましよう。戸田先生が「あんたがた、おいしいところを食べて、おからをこっちへよこしなさい。」と言われていた。豆腐をいっぱい食べて栄養をとりましよう。

 いまは栄養不足でみんなヨロヨロしている。みんな疲れています。それでよく頑張りますね。世界一の経済大国日本がガタガタになっている。日本自体が破産状態。企業も個人も、お先真っ暗。

 なぜこうなったのか?日本の発展は広布の前進とともにあった。戦後の歴史をみると、広布が進んでいるときは景気がよい。広布の妨害が入ると必ず不況になる。この繰り返しだった。でも不況はせいぜい2年だった。今は10年続いている。

 平成大不況は平成2年から始まった。平成2年7月16日、日顕がC作戦を立てた。学会を切って広宣流布をやめると決めた。その後から今の不況が始まった。これを「日顕不況」と言う。だから謗法は怖い。最大の根源は謗法。日顕宗の大謗法が不幸の根源。阪神大震災も謗法が根源。だから日顕を倒すことが大事。全部やられているんだから関係ない人はいない。

~中略~

 
 先生は「1人1人の勝利が民衆勝利だ。」と言われている。信心で立ち上がればみんなが功徳を受ける。ただ唱題ではない。祈りです。「あの人もこの人も味方にしよう!そして広宣流布を大勝利させて自分も勝利しよう!」という強い祈りで見事な勝利をして、見事な自分自身の勝利の1年間にしていきましょう。そういう意味で、信心の基本をもう1度確認をして、今日からまた前進をしていきましょう。

   平成十年六月二日寝屋川文化会館にて

                        河合師範
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# by hakodate0711 | 2012-11-15 18:13 | 河合師範

河合師範 「信心の基本を学ぶ」④

 信心していれば何とかなるというのは最高の迷信。祈った分しか叶わない。御本尊が決めるのではなく自分が決める。だから「心こそ大切なれ」である。

 どういう心で頑張るかである。仏法に形はない。どうやって説明するのか?自分が体験をして、生活・生命が変わった実証で相手に納得させるしかない。それが私たちの使命。 湧出品に「地湧の菩薩というのは如蓮華在水」とある。蓮の花は泥沼で咲く。泥沼が深いほど大きな花が咲く。娑婆世界は泥沼。その中で功徳の花を咲かせ、幸せの花を咲かせ、生命の花を咲かせ、その実証で人を救うのが地湧の菩薩。だから功徳を受けで証明をしなければならない。今は花がしおれている。これでは蜂も来ない。うんと花を咲かせましよう。そしてみんなに花を咲かしてあげましょう。それが広宣流布。私たちは自分のためにだけ信心しているのではない。広宣流布を願って信心をしている。広宣流布とは不幸の追放運動・幸せの拡大運動。「悲惨の2字を無くそう!」と戸田先生が言われた。不幸を無くして幸せを広げるのが広宣流布。具体的には地域の世帯増と功徳増。本部であれ支部であれ、それをまず祈ること。「25の地区を30にしよう!180部の新聞を200部にしよう!地域の広宣流布を進めよう!幸せを拡大しよう!」と祈ることが広宣流布を祈ること。成果増は祈っていても世帯増は祈ってないから世帯は増えない。成果は黒字だが広布は赤字。これを『広布の粉飾決算』という。これではそのうち破産する。幹部は成果の責任者ではない。今は責任者それも下請け・成果の現場監督になっている。それではつまらない。幹部はその地域の幸せの責任者。「我が地域のみんなを幸せにしよう!」と祈ればそれだけで福運がつく。世帯も増える。世帯は祈らなければ絶対に増えない。その上で、成果は世帯増のための手段、広宣流布を祈った上で成果を祈るのはよい。まず広宣流布を祈ろう。その上でそのためのいろいろな活動の目標を祈るのは大事。これらは全部手段。成果は目標ではなく手段。成果が目標になっているから重荷で苦しくなる。

 ブロック1の目楳が出る。これを『B1地獄』という。プロック1がノルマだと思うから重荷になる。ノルマではない。最低ライン。「ブロックで1人くらい不幸な人を救おう!」ということ。これはB担が決意すればおしまい。B長はまあ決意しませんから。B担が決意して折伏ができだとしても功徳は山分けではない。先着1名だけ。みんな「ブロツク1できますように。私はできませんけど。」と祈っている。これは変。これでは誰もできない。「私がやります!」と決意すればできる。

 地区幹部が1世帯以上やると決意すれば地区5は簡単にできてしまう。簡単にできるのに、みんな決意しない。幹部はやらせる信心をしているから功徳がない。信心はみんなで頑張るものではない「1人立て!」です。「私、頑張ります!」という人に功徳がある。そういう人がたくさん生まれれば、たくさん成果が出て功徳をいっぱい受ける。私たちはいろいろな活動をしている。みんなを味方にする運動。みんなを折伏する運動ではない。みんなに学会・仏法を理解させていく運動。誰でも彼でも折伏する必要はない。誰でも彼でも味方にするのは構わない。ここを間違えないこと。今悩みがない人・悩みがあっても悩んでない人を折伏すると嫌われる。結構そういう人を押し込んで折伏しで嫌われていませんか?友達を無くしている。健康な人に薬を飲めと勧めても嫌われる。「いい薬があるから、病気になったら飲みなさい。」と教えておくのは構わない。そこで止めておけぱよい。そこを押し込んでいる。悩んでいる人・不幸な人がいたら救ってあげること。それは相手を救ってあげるためであり、成果のためではない。折伏は簡単。ただ1つのコツは、「不幸な人を救わせて下さい」と祈ること。そういう人がいればその人のことを祈ること。いなくても祈ればチャンスは来る。

 法華経の法師品に「素直に法を聞かせにやるよ」と2ヶ所も書いてある。これが方程式。強く祈れば必ずそういう人にぶつかる。折伏は簡単です。誰でもできる。成果のためにやらないこと。成果はこっちの都合。相手のためにやること。「不幸な人を救って功徳を受けさせて下さい」と祈ること。不幸な人を救うから功徳がある。宿命転換できる。福運がつく。成果をあげるからではない。苦し紛れの分世帯では功徳はない。功徳がないのでつまらない。後には不信が残る。今から祈れば秋には間に合う。析伏には方法がない。これは戸田先生の指導。「折伏には方法はないよ!祈ることだよ!」と言われている。成果ではなく、「不幸な人を救おう!」と祈ること。必ずできる。不幸な人がいたら仏法の説明をしないこと。「あなたの悩みはどこから来るのか。謗法から・宿業から来るんです間違った宗教から来るんです。間違った信仰を捨てて正しい信心をすれば、あなたの悩みは解決しますよ!やってご覧なさい!」と言えばいい。悩みに切り込むことと、確信を持って言い切ること。それと体験発表を聞かせること。説得カがある。仏法を聞いても分からないのだから言わないこと。信仰の歓びを語ること。これが一番魅力がある。体験がないから相手が魅力を感じない。同じ悩みの体験が一番説得カある。確信を持って言い切ること。折伏には教学はいらない。相手の悩みが分かれば誰でも折伏できる。
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# by hakodate0711 | 2012-11-15 18:11 | 河合師範